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京北の慈眼寺さんにお参りしてきました その1

玉林院にお参りする日の予定をK嶋さんとあれこれ立てていたところ、京北の「慈眼寺」までお付き合い願えればと、お申し出をいただき、ご案内いただけるとのことで京北まで行くことになりました。

この慈眼寺さんには「明智光秀像」が安置されているのとのこと。
K嶋さんが、御住職様のご都合を確認していただき、玉林院の拝観の後お参りすることになりました。
今は京北町ではなく京都市右京区京北なのですね。

しかし、「明智光秀像」のある慈眼寺さんってどんなお寺だろう?名前は初めて聞きました。
そいうえば、こちらも旧友で文筆家の竹内正浩君(先日書いたブログ参照)が執筆している『真説歴史の道』で信長関連は主に彼が取材していることを思い出し、本屋さんに行ってみるとちょうど店頭に出ていたこれを購入。

Rekisinomichi

慈眼寺さんの光秀公の木像がしっかり掲載されていました。

光秀公を最近取材し、本にしているのも旧友の一人であり、その像を見に行こうと誘っていただいたのも旧友のお一人です。
この雑誌の発刊と慈眼寺さんへの訪問がちょうど重なったのには、何か因縁めいたものを感じますね。
見えない力に引き寄せられるような感覚で出発です。

慈眼寺さんと光秀公の関係は、お寺さんのパンフレットによりますと・・・
光秀は信長の命により丹波攻略の先峰を勤めます。その際この地で悪政により土地を治めていた前領主をいとも簡単に降伏させ、虐げられていた領民を安堵させました。
その後光秀は、治山治水から商業政策に至るまで優れた行政手腕を発揮し、ここではその善政が高く評価されました。。
光秀は本能寺の変で信長を倒し、逆賊の汚名を着せられますが、この土地では彼の死後もその徳をしのび木像とお位牌が隠れるようにしてお祀りされてきたとのことです。
それが現在に残る光秀像とのことです。

パンフレットとお寺に場所はこちら。

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鷹峯の源光庵の前を通り、京見峠を越えて周山街道へ。ほどなく京北の中心部へ到着しました。

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コメント

こんにちは。

玉林院のレポート拝見しました!

事故という体験を学びに活かし
ご縁に感謝されてる姿勢が
次につながるんですね。

勉強になります!

投稿: ぽっちり | 2010年5月12日 (水) 09時10分

ぽっちり様
いつも書き込みありがとうございます。

お恥ずかしい話なのですが、若いときに事故りました。
時折このように思い出し、反省することで戒めにしております。

体調はは回復されましたか?
交通安全、健康維持でいきましょう!

投稿: 盛寧 | 2010年5月13日 (木) 20時00分

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