京都力養成コース講義 at むすびわざ館 その2

Musubiwaza04

講義の後半は、敷き方の講義です。
まずは、敷き方の定義からお話。
桝目状に敷く碁盤敷、建物と45度の角度をつけて敷く四半敷、目地がアミダくじ状になるように敷く布敷。

5_101
そして、ここでまたクイズです。
四条通の歩道、河原町通の歩道、京阪電車の床の敷き方(タイルや模様)は何でしょう?

答えは、四条・・・四半敷 河原町・・・布敷 京阪電車・・・碁盤敷

Sijyou01四条   Kawaramachi01河原町   Keihan京阪電車

この歩道の上を毎日通っている人もいるかもしれませんが、地面というのは特に気にしないものですね。
特に模様や敷き方は言われて初めて気が付くという程度です。
このクイズで、敷き方ということに興味を持っていただいて、さて本題です。

現在見られるお寺の敷き方は圧倒的に四半敷が多いのですが、絵画資料(洛中洛外図)や敷きかえられず現在に至るお寺を調べると必ずしも四半敷ではないことがありこれら四半敷の敷瓦は、いつのまにか他の敷き方から敷きかえられたものという結論に至ったというお話をしました。

Musubiwaza02_2

そして今回も最後のメッセージ

  お寺さんにお参りしたら
    仏様ばかりに目をやらず
      たまには地面を見てください
   新しい発見が
      あるかもしれません

特に、ウケ狙いで言っているわけではないのですが、必ずと言ってよいほど、笑いがとれます。
この笑い声の大きさで、その日の私の講義内容がどの程度みなさんに伝わったか、わかるのですが今回もマアマアだったのではないでしょうか。

講義を終えて、聴講者のお一人(女性)から、『今度は床をじっと眺めてみます!』
と感想をいただきました。
こんなふうに言っていただけることが一番うれしいですよね。

Musubiwaza07

それにしても、90分間しゃべり続けるのはしんどいことです。
声が続かないというより、立っていることがしんどくなりますね。
大学の先生方は、こんな授業を一日何回もされているのですから、頭が下がります。

何とか大きなトラブルも無く、時間通りに講義を終えることができました。
聴講者のみなさま、お疲れさまでした。そして、講義準備にご協力いただいた皆様にお礼申し上げます。

ありがとうございました。

Musubiwaza03


| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都力養成コース講義 at むすびわざ館 その1

Musubiwaza05

京都力養成コースとは・・・
毎年、その前年までに研究発表を終えた上席特別客員研究員の研究成果について一般の方を対象に講義を行うのがこの京都力養成コースです。
今年は昨年発表を終えた私の番とのことで講義をしてまいりました。

Musubiwaza01 むすびわざ館パンフレットより

昨年までは、京都駅前にあります『京都コンソーシアム』で開催されていたのですが、今年からは京都産業大学が創立50周年記念事業の一環として壬生に開館した『むすびわざ館』にての講義となりました。

Musubiwaza02むすびわざ館パンフレットより
講義時間は90分。長丁場です。

Musubiwaza06

いかに聞き手を飽きさせず、90分もたせるか・・・ここがポイントです。
そこで、初っぱなでクイズを出しました。

『東寺の五重塔、八坂の塔、大徳寺の三門(金毛閣)のうち、敷瓦が用いられている建物は?』という出題。

Touji_02 Yasakatou01
答えは・・・
八坂の塔です。

Yasaka01


遠くから見える建物、有名な建物でも意外と床は何だったか気にしないものです。

仮にお参りしたことがあっても覚えられていないのが床、そして敷瓦です。
でも、敷瓦っておもしろいのですよ!
とばかりに、クイズを皮切りに敷瓦ワールドへ・・・

敷瓦は日本人が初めて一定の規格(寸法、形)に基づいてモノづくりを行った、いわば元祖工業製品です。
古代から中世にかけて出土遺物を中心に紹介し、時代が下るごとに敷瓦はなぜ小型化するのか、仮説を立てて立証しました。
そして白河天皇が建てた法勝寺の敷瓦はなぜ『逆台形』なのか解き明かし、前半を終了しました。

Dscn1433_1


長くなるので続きは今度。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012 GWレポート 文責:由美子

ふだん祝日が休みでないため嫁のGWは9連休!!
まぁどうしましょう?と思っていたのに最終日。
休みは時間が経つのが早い。

ただ、旦那は暦通りのGWでしたので、27日金曜日仕事終了後上洛。

前半3日間を京都?で過ごしました。

まず28日午前中、高槻市「今城塚古代歴史館」へ。

Imasiro01


特別展「阿武山古墳と牽牛子塚-飛鳥を生きた貴人たち-」を見学。
この阿武山古墳の被葬者は中臣鎌足との説が強いとのこと。う~ん知りませんでした。

ここの目的は出土物「塼」の確認。古墳玄室の床面に敷き詰められていたもののようです。
これは、旦那の研究のお付き合い。特別展は展示スペースが手狭な感じですが、
出土品がわかりやすく展示されていました。
また、常設スペースでは、時間がなくてゆっくりできなかったのですが、ボランティアガイドの方が丁寧に説明をしてくださいました。
野外にも施設があるようでしたので、もう一度時間を作って訪ねてみたいと思います。

この日の昼からは松尾大社へ。境内あちらこちらで山吹の黄色い花が咲き乱れておりました。
こちらは京都産業大学益川塾のフィールドワークに参加。
講師の先生方から説明を受けながらの見学。これまた勉強になりました。

Matunoo01


周りの皆様もメモを取りながら真剣な表情。ただ、この日の京都は真夏日。

Matunoo02


暑さのためか「蓬莱の庭」を見学中にだんだんとしんどくなってきまして、
まだ時間は早かったのですがフィールドワーク終了後、宿にて休憩。

29日この日は一路「吉野の御山」へ。
蔵王堂で特別公開されている秘仏金剛蔵王権現様をお参りに。通勤電車の中で、JRのポスターを見て
「お会いしてみたい!」と思ったのです。ポスターからでもかなりの迫力を感じていたのですが、
実物はもっとすごい!圧倒される感じです。ただ見上げているだけで心の中を見透かされているような気がしました。

Yosino01


ここは蔵王堂や仁王門も国宝指定の建造物。こちらも十分な見応え。
特別展示で出土品の展示があったのですが、前日の松尾大社での神像の解説を聞いていたのが役に立ちました。
銅板に線刻仏(神様だから線刻神)が彫られていたのですが展示されていたのはすべて女神でした。
(何か意味があるのかしら?)

Yosino02


下調べなしで出掛けて行ったので、気の向くままテクテク。中千本辺りまで坂道や石段を登ったり下ったり。
かなりの距離を歩きました。この日も暑かった。
麓の近鉄吉野駅近くでいただいた「桜ソフトクリーム」がおいしかったこと。

誰かさんは帰りの近鉄特急の中でおいしそうビールを飲んでいました。

さて最終日の30日。
この時期、京都へ来て特別拝観の寺院へ行かないってことはあり得ません。
もちろん朝一で特別公開中の法性寺へ。9時からなので8時45分には現地へ。前に20人近い人。
出遅れた!! しかしすぐに私たちの後ろにも20人近い人の列。受付開始を5分早めてくださいまして、
9時頃には観音様の前へ。約25年ぶりに観音様とご対面。貞観仏と藤原仏の中間の時代の仏様。
30人から40人の入れ替え制の為、十分に拝観出来たとは言い難いのですが、この人出では仕方ないかな。。

本当は寂光院とかも伺いたかったのですが、帰りの渋滞を考えるとここでタイムUPです。

研究も大切ですが、たまにはブログの更新もしてくださいね。以上嫁のGWレポートでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

益川塾人文社会科学系研究員に採用されました

ブログの更新が滞っておりまして申し訳ありません。

私ごとで恐縮ですが・・・
実は私、ノーベル物理学賞を受賞した京都産業大学、益川敏英先生を塾頭とする『益川塾』の塾生に採用されました。期間は、2012年4月から1年間となります。

Nahuda01

益川塾は、京都産業大学が益川敏英教授がノーベル物理学賞を受賞されたことを顕彰し、一般社会人向けに対し学問を継続するための場を提供することで設けられた研究、社会連携機構です。

http://www.kyoto-su.ac.jp/project/mt/

自然科学系の研究員が中心の研究機構ですが、人文社会科学系を対象とした研究員の募集もあり、客員研究員として取り組んできた『敷瓦』をテーマに研究計画書を提出し、面接を受けて採用が決まりました。

そして、4月9日に入塾証授与式が執り行われ、益川教授から、
『ご健闘を祈ります』とお言葉をおただきまして、私は『がんばります!』
とお答えいたしました。

http://post.kyoto-su.ac.jp/s/w013/campus_flash/index.php?L=J&ID=1808

分野が違うとはいえ、ノーベル賞を受賞した先生から、指導を受けることができるのは、とても名誉なことであると思います。

活動状況は、なるべくブログなどでお知らせしていきたいと思います。

がんばりますので、よろしくお願いいたします。

Nahuda02

| | コメント (2) | トラックバック (0)

日本最古の七福神まいり 御利益求めて車でGO! その2

さて、次は六波羅蜜寺さんです。
車を川端通沿いに走らせ、松原へ。
大和大路通りと交わる交差点付近のコインパークに駐車し、まずは六波羅蜜寺さんを目指します。
すると何やら人だかりが・・・みなさん六波羅へ向かっております。やはり清盛人気なのでしょうか。
お参りする人も多かったです。

Seven_20

六波羅蜜寺さんは、弁天様なわけですが、こちらには銭洗い弁天さんもいらっしゃって、その前に御朱印を押して頂くスペーススがありました。
しかるに、ドライヤーも銭洗い弁天様の前にあるのですが、間違って洗ったお金を乾かす人もいるらしく、こんな表示がしてありました。

Seven_19

そして、嫁はこれを買い求めておりました。

Seven_10

4カ所目をゲットです。

Seven_18

続いて、車をそのままコインパークに置き、徒歩でゑびす神社へ。

Seven_17
二週間ほど前、十日ゑびすで笹をもらいにきたばかりですが、そのときとは打って変わって静かです。

ゑびすさんに横の扉をたたいてご挨拶。そして、ここで5カ所目ゲットです。

Seven_16

そして駐車場へもどり、駐車料金をはらいました。(駐車場代200円+御朱印300円×2)
次の東寺さんへ向けて出発です。

川端通りから九条通りへ。そして、九条通ぞいのコインパークへ駐車です。
東寺さんにも駐車場はありますが、短時間の場合はこちらのコインパークのほうが割安です。
ここは節約が肝心ですから、少し歩かなくてはなりませんが、コインパークへ止めて徒歩で境内に移動しました。

Seven_15

毘沙門天さまのお堂は、太子堂の前にあったのですが、御朱印をいただく場所は食堂(じきどう)の中です。
さすがに東寺さんは、拝観客が多いです。
ドライヤーで乾かすときに、かなりの人が『何やってんだろ』と言わんばかりにのぞいていかれました。

Seven_14

食堂は、拝観有料エリアではありませんので、特に拝観料は必要なかったのですが、せっかくの東寺さんですから講堂の諸尊様にもご挨拶したく、有料エリアへ。
五重塔の初層特別拝観もありましたので、塔の床が何でできているか、気になっていたこともありまして、それも確認です。
1時間ほどかけて、東寺さんにお参りをしました。(駐車場代300円+御朱印300円)

さて、昼食をとっていよいよ最後のお寺、宇治の万福寺さんへ移動です。
こちらも昨年の秋に来たばかりなのですが、御朱印のために再来訪となりました。
万福寺さんの駐車場に車をとめて、境内へ。

Seven_13

万福寺さんといえば、やはり布袋さんです。
仏殿横の売店で最後の一個をゲット。これで完結です。

万福寺さんは拝観有料エリア内に布袋さんも御朱印スペースもあるため、ここは拝観料が必要です。
そして、専用駐車場しかありませんので、これを利用です。(駐車場代500円+御朱印300円+拝観料500円×2)

さて、意外と簡単に7つをゲットできたわけですが、台紙となる大型色紙は、当然最初にお参りしたところのものになるわけで
7カ所ともオリジナルの色紙を用意しているわけです。
ですから、次回回るときは赤山禅院から始めるのではなく、違うところから始めれば、今回とは別の色紙に別の配置で完成するわけで
これもおもしろそうだとおもいました。

来年もし同じように回るのでしたら、六波羅蜜寺か万福寺の色紙が色鮮やかでよさげでしたね。
さて、トータルの費用ですが、

駐車場代合計   1,100円 
御朱印色紙    1,500円
御朱印 300円×7=2,100円
拝観料 500円×2=1,000円

合計       5,700円

本来、公共交通機関を使ってお参りすることが良いのですが、大きな色紙を持ってバスや電車に乗らなければならないことや、限られた時間でのお参りということを考えれば自動車が有効ではないかと思います。
来年回られる方はご参考ください。

Seven_12

以上、都七福神参りレポートでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本最古の七福神まいり 御利益求めて車でGO! その1

1月最後の週末に上洛しました。1月中でなければできないことをやっておきたいねっ!
という短絡的な考えのもと、都七福神まいりを決行することになりました。

Seven_00 都七福神事務局発行パンフレットより引用

もともと、このようなスタンプラリー的なものが好きな夫婦です。
何か目的を持ってのお参りというのは意義がある!きっと御利益もある!
などと勝手に決めつけ、御朱印集めに出発です。

さて、何を使ってで市内を移動しようか検討したのですが、ここはやはり『早い』『安い』『楽ちん』ということで自家用車での移動ということで決まりました。
はたして、CO2撒き散らしの移動で、御利益があるか? 楽して回って御利益あるのか?
と疑問符を残しつつ軟弱にも自家用車で出発となりました。

まず、どのようなルートで回るか検討したところ、北→南が妥当であろうということになり次のように決めました。

1.赤山禅院 2.松ヶ崎大黒天 3.革堂 4.5.六波羅蜜寺とゑびす神社 6.東寺 7.万福寺

基本的に、お寺さんに駐車場がある場合はそこを利用させていただき、それ以外は近くのコインパークを利用することにしました。
路上駐車など、交通ルール違反をしないことが御利益への近道かと。はい。

まず目指すは最北の、赤山禅院です。

洛北、修学院はさすがに寒いです。
京都駅付近は晴れていたのですが、今出川あたりで雨が降り出し、北大路ではみぞれになったかと思うと修学院は雪でした。
これが、高校駅伝でもおなじみの、典型的な京都の冬の天気です。

みぞれ混じりの雪の中、赤山禅院に到着です。

Seven_01
ここで、御朱印を押すための台紙となる大型の色紙を購入します。
その色紙は、すでに赤山禅院の福禄寿御朱印が中央に押されていました。
まず、1,800円(台紙1,500円+御朱印300円)です。

Seven_02

次に松ヶ崎へ移動。
私、この松ヶ崎には学士時代の4年間を通じて下宿をしていたのですが、今回の松ヶ崎大黒天(妙円寺)とか涌泉寺など一度も足を踏み入れたことがありませんでした。
したがって、どのように行ったらよいかわからず、恥ずかしながらナビまかせでの移動です。

Seven_04

少し迷いましたが、なんとかたどり着き、先ほど購入した色紙に御朱印を押して頂きました。

Seven_03
さて、押して頂いてから、ひと作業あることに気がつきました。
というのも、墨を乾かさねば、色紙を持ち歩けないためその場でドライヤーで乾かすのですね。

Seven_05
気温が低いので、これが結構時間がかかるのです。
とりあえず2個目ゲット(御朱印300円)です。

乾いた色紙を持って、次のお寺へ。

革堂。寺町通のひとつ西の御幸町通のコインパーキングへ駐車して徒歩で2分。
Seven_06

ここは寿老人さんとのことで、どこにお堂があるのかと思いきや、奥くにいらっしゃるではありませんか。

Seven_08
石でできた七福神もお出迎えです。

Seven_07
この建物の中に撮影はできませんでしたが、いわゆるイメージどおりの寿老人像がいらっしゃいました。

ここで、3箇所目をゲット。(駐車場代100円+御朱印300円)
ここまでのコストは合計2,500円です。

Seven_09

さて、長くなるのでここらへんで一休み。後半は今度ね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都冬の旅レポート 妙心寺玉鳳院

この塔頭も、久しぶりの公開とのことです。

Gyoku01

実はここも嫁が1回生のとき、(1983年 昭和58年)特別拝観で管理、ガイドを担当したお寺です。
私は、その年2回生だったのですが、訳あって(四神相応の地玉林院の項参照)特別拝観を回れず、お参りするチャンスを逸して以来その後29年間お参りできずにおりました。
しかし、今回は運良く冬の旅で公開となり、念願かなってお参りすることができたのです。

Gyoku04

嫁曰く、『由緒正しい、格の高い塔頭なのに見所が少なく説明し辛い』とのことで、
確かに、方丈も開山堂も正直言って地味ですね。
妙心寺の開山、関山慧玄と花園天皇という妙心寺では頂点のお二人のお墓なのですが、正直言って、お墓が派手なわけもなく、質素な感じを受けるのはあたりまえなのかもしれません。

Gyoku02

正面に方丈、開山堂が並び立っているところは、都林泉名所図会の通りです。

このうち、開山堂は、微笑庵(みしょうあん)と呼ばれ、室町時代の禅宗様建築です。
この建物、ひとつ気が付いたことは、屋根に特徴があるということです。
拝観料圏内での撮影が許可されておりませんでしたので、外部からの撮影しかできず、わかりずらいのですがこのお堂、屋根に本瓦が拭かれているのに垂木は放射状の扇垂木なんですよ。

Gyoku03

確か、南禅寺金地院開山堂がこの組み合わせだったのですが、江戸時代のものですしこれほど屋根の反りは大きくなかったと記憶しております。

Konchuuin01 この扇垂木は、南禅寺金地院開山堂のものです

禅宗建築で扇垂木はあたりまえなのですが、瓦屋根との組み合わせで屋根のカーブがこれほど美しものを見たことが無かったので驚きです。
山門、法堂など、大きな建築物では瓦+扇垂木は存在するかもしれませんが、正面3間という狭さでこの屋根の曲線 は変わっていますよね。
それゆえに、軒のそりがかなり大きく、よく瓦屋根でこの曲線を出せたなと思わせるくらいのカーブなのです。
重たい瓦をよくあんなカーブで両端を持ち上げたなと関心したのです。

瓦屋根でも禅宗様だぜっ!と主張しているようで気に入りました。

いっそのこと、見所が限られている建物とのことであれば、この組み合わせを他の建築物と比較しながら 説明したら見所のひとつになるのではないかとも思いました。

開山堂規模の建物で、中世から存在し、瓦屋根で扇垂木の建物・・・どなたかご存知でしたら教えてくださ い。

Gyoku05

以上、29年目の玉鳳院での発見でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

大河ドラマ 平清盛放送開始!

平清盛、始まりましたね。
初回を録画で見ましたが、個人的に気になる場面がひとつ。

これは、幼い清盛と祇園女御(松田聖子さん)がすごろくで遊んでいる場面です。

Kiyomori01
手前にあるお菓子は、亀屋清永さんの清浄歓喜団に見えますが、どうでしょうか。

Kiyomori03

http://www.kameyakiyonaga.co.jp/prod.php?prod_id=1

京都検定的にはおさえておきたい、京菓子ですよね。第6回1級にも出題されております。
遣唐使によって伝えられたわけですから、院政期にあってもおかし(お菓子)くないですよね。

私も一度買って食べてみましたが、胡麻油の濃い味に古代の味を感じましたね。
清盛もおいしくいただいたことでしょう。

Kiyomori02

でも、なんとなく今回の大河ドラマは期待が持てそうです。
今年は最後まで見よっと。

あ、忠盛役の中井喜一さんが、『盛康・・』と言ったとき、思わず『はい!』とテレビに向かって返事をしてしまいましたが・・・
http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/cast/heike.html#h_moriyasu
字、ちょっと違いますが、また返事しそうです。(盛寧)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

行く年のご挨拶です

皆様
今年も残すところあと数時間となりました。
2011年も、ホームページ『四神相応之地』と付属ブログ『湯葉草紙』にお越しいただきましてありがとうございました。
来年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

干支は、うさぎから辰へバトンタッチ。

Usagi01  Tatsu01

今年も酢屋さんで購入した木製の親子辰です。

それでは皆様、良いお年を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年を振り返って その3 ずいき祭

10月1日、北野天満宮のずいき祭りはほんの少しだけ顔を出したときのことです。

この日はお祭りの初日で、大将軍にある北野天満宮の御旅所ではずいき御輿の準備が整いつつありました。ずいき御輿というのは野菜、乾物等で趣向をこらした絢欄華美な御輿で、屋根はずいき芋、各部は穀物や蔬菜などで覆われています。

Zuiki03
また、御輿の四面には、謡曲や昔話から採った人物の造り物などが取り付けられているのですが、特に日本のものや古いものにこだわって作られるわけでもなく、海外のお話や今年あったことなど題材にされているようですね。

例えば、こちらはドンキホーテです。

Zuiki04  Zuiki02

そこで、今年はやはりこれでしょう。

Zuiki05

『絆』

Zuiki01  Zuiki06

もしもし亀さん私の背中にお乗りなさい・・・この国もまだまだ捨てたものじゃないですね。

さて、日本にとって特別な一年が終わろうとしております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年を振り返って その2 今年ゲットしたもの『比叡山スタンプラリー景品の絵皿』

9月に家族(父、母、妹、嫁)と共に比叡山に登りました。

今回は、できれば東塔、西塔、横川中堂のすべてを回りたいとばかりに、早朝から比叡山ドライブウェイを目指し出発です。

Sutamp04 横川中堂
まず、一番奥からということで横川へ行って見ますと、なにやらスタンプラリーなるものをやっているとのこと。

Sutamp08
比叡山を中心とする湖西各地のホテルや諸堂を含む各ポイント16箇所中5箇所のスタンプを集めると『絵皿』が一枚もらえるとのこと。
これは絵皿がもらえるとなれば、挑戦してみようということになりました。

そこで、横川中堂をスタートして5個ゲットできるかどうか計算したところ横川、西塔、峰道レストラン展望台、東塔、ガーデンミュージアム(山頂)の5箇所なら 、これからお参りして回る予定を含めそれほど負担も無く車で回れる計算が立ちました。
さて、このようなときに一番張り切るのは、私と妹。
父、母、嫁が冷ややかな目で見つめる中、スタンプラリーの開始とばかりに、一個目の横川中堂で用紙と一個目のスタンプを 押してスタートです。

2個目は、峰道レストラン展望台。お土産やさんのレジのところで、何も買わないのにスタンプだけゲット。

Sutamp01 峰道展望台から近江富士を望む

3個目は西塔釈迦堂。階段を上がって下がってお堂の中のスタンプ台へたどりつき、ゲット。

Sutamp03

次は、先に山頂へ行き、最後に東塔の根本中堂、そのあと東塔の景品交換所で絵皿ゲットの作戦だったのですが、なんとガーデンミュージアムはスタンプ台があるのは園の中ではありませんか。入園料なんと1000円。スタンプだけのためにこの入園料を払うのは少しもったいないとばかりに山頂でのゲットをあきらめました。

そこで、一旦ドライブウェイを山中峠側へ降りて、ロテルド・比叡ホテル前のスタンプを目指します。
有料道路のゲートを出て、ホテル前駐車場へ。車を降りてみると、スタンプはホテルの入り口にあり、特にお金を払うこと無く4個目のスタンプゲットです。
ちなみに、一旦ゲートをくぐって外へ出ても往復以外の料金は別途徴収されませんでした。

そして、最終は根本中堂前。ここで5個目を押して東塔バス停前の景品交換所へ。

Sutamp02

そこで、『横川』『東塔』『西塔』3種類あったうちの『横川』と『西塔』をいただき、景品もゲットとなりました。

それが、こちら。

Sutamp05  Sutamp06

比叡山ドライブウェイを上がったり下がったり。お付き合いいただきました、父さま、母さま、嫁さま。お疲れ様でございました。

あっ。ちゃんと延暦寺のお参りもしてきましたので。

Sutamp07

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年を振り返って その1 国民文化祭PR隊長『まゆまろ』

今年度を振り返って何かテーマ性のある話題でも書こうと思いまして、まずはじめは国民文化祭・京都2011のPR隊長こと『まゆまろ』さんにご登場いただきました。
私、あまりこのてのキャラクターは好きではないのですが、まゆまろさんはなんとなく他のゆるキャラとは違い、「キリッ」とした感じが好きで気になる存在となりました。
この一年、見かけたらグッズをもらったり撮影したりしてきましたのでそれのご紹介です。

はじめてこのキャラクターを見たのは昨年の10月だったと思います。
ポスターのすみっこにこっそり描かれていたものを撮影したのがこちら。

Mayu01

今あらためて見て気がついたのですが、まだ、出始めの頃は名札を付けていたのですね。はじめは知名度が低かったのかもしれません。

そして、夏になりまして、文化祭が近づきいよいよPRも盛り上がってきました。
祇園祭の宵山の日、烏丸三条の新風館で戴いた団扇がこちら。

Mayu02

前日の宵々山の夜あたりからもって歩いてきる人を見かけ、どうしてもほしかったのですが、新風館で配っている人に遭遇しラッキーとばかりに頂きました。

そして、お盆休みで文化博物館を訪れたときに出会ったのがこちらです。

Mayu03
漆喰でできているそうです。

Mayu10

後ろから見て誰なのかわかる人はまゆまろファンです。

Mayu04  Mayu05

撮影のしかたによって迫力?が感じられますね。

Mayu06

そしてこちらが文化祭のパンフレット。

Mayu09

このころから、お茶やお花をたしなむ様々なバージョンが登場しております。

冬。産寧坂の松栄堂さんにいらっしゃた三角帽子をかぶったサンタクロースのまゆまろさん。松栄堂さんに許可をいただき、撮影させていただきました。

Mayu07 Mayu08
ちなみに向かって左はまゆまろ香炉(3,150円)でして、ほしかったのですが、これ以上香炉を増やすなと嫁に言われ買えませんでした。

さて、閑話休題・・・
妹に、「京都のゆるキャラで『まゆまろ』というのがある」
と言ったら、「えっ?眉まろ?どこが眉なの?」
ととぼけられたが・・・

それでもって、今後が気になるところなのですが、どうやら『存続』が決定したらしいです。
くわしくはこちら。来年以降もどこかで会えるようですね。

とりあえずこの一年、京都では話題に事欠かず、キリッとしたいでたちでご登場いただきましてありがとうございました。来年もどこかでお目に掛かりましょう。

Mayu11

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋真っ盛り 修学院離宮紅葉レポート その2

午前9時から10時にかけて、上の茶屋『臨雲亭』から、北西の浴龍池を望めば、必ず順光となり、ベストショットがとれるはず。
運良く午前中の参観がかなったからには、この風景を撮影し、目に焼き付けなければなりません。

上の茶屋からの展望はこんな感じです。

Syugaku24

『臨雲亭』の入り口にはこんな敷き瓦が使われております。
四半で敷かれた二枚の敷き瓦です。

Syugaku23

機能的な面を考えると、三和土(たたき)で固められた一二三石の上を歩くことなく、主人や客人をお茶屋に導くため置かれたのであろうと思います。
創建時は三和土で固められていたのですが現在はコンクリートで打たれております。
三和土ですと比較的表面が柔らかいため、ハイヒールのかかとで石をほじくり出す参観者がいたそうで、保全のため変更したとのこと。

Syugaku22

軒ならばま客にせよ主人にせよ、それほど頻繁に歩かないのでしょうが、入り口はすべての人が通ります。
そのとき劣化しやすい三和土より敷瓦(あるいは石)のほうが歩きやすく壊れにくかったのでしょう。

Syugaku21

ただ、参観という目的のためコンクリートにしてしまったのは残念です。

ここが紅葉撮影ポイントで、石橋の上になります。

Syugaku20
時々、池に落ちる方がいるそうで、今年になってすでに2回ほど落ちてしまった人がいるとのこと。

Syugaku12
桂離宮なら雨の日などはすべって池に落ちそうになると思うのですが、修学院も落ちる人がいるのですね。

Syugaku11
ところで、修学院離宮は一周すると、全部で3Kmほどの歩行となるそうです。
まあ、ここまで山を登り、降りてきたわけで、足もそれなりにへたってきていますよね。
気をつけて通りましょう。

Syugaku19

窮邃亭(きゅうすいてい)は、浴龍池に浮かぶ島に建てられた茶屋です。

Syugaku25
真夏、ここを訪れた時、臨雲亭への登りと下りで大いに汗をかき、水がほしくなりました。
ですからここは、『給水亭』かとも思ったのですが・・・
茶屋に至る道の紅葉が美しいです。

Syugaku18

和船がありますが、以前京都迎賓館で見たものと良く似ています。おそらく製造元は同じなのでしょう。

Syugaku17

西浜から対岸を見ると湖面に映った紅葉や橋が美しいです。

Syugaku14  Syugaku15  Syugaku16

何と言っても、これがすべて無料で楽しめるわけですから、すごいことですよね。

今の日本人の美意識なんて、後水之尾上皇と八条宮智忠とブルーノ・タウトが決めたようなもの。
と乱暴に言っている人がいますが(私です)彼らも私も紅葉は美しいと思ったことだけは変わりないのでは・・・。

Syugaku13

以上、修学院離宮紅葉レポートでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秋真っ盛り 修学院離宮紅葉レポート その1

平成23年11月26日土曜日、修学院離宮が一番美しくなるとされる紅葉の時期に参観してきました。

Syugaku01 11月26日午前9:00参観許可の参観許可書

4ヶ月ほど前の8月1日、ダメモトで11月分の離宮参観願いをネットを通じて申し込みました。ところが何と運の良いことでしょう11月最終土曜日の参観許可をゲットできてしまったのです。意外と午前9時に洛北の修学院まで来ることができる人は限られていて、競争率が低かったのかもしれません。

Syugaku10

参観は日曜日は行なっておりませんので、会社が休みの日の参観は土曜日だけとなります。しかも、12月は、第3土曜日のみの参観ですから、12月3日は申し込みができません。唯一紅葉を見られる可能性がある土曜日は11月26日の土曜日となるわけですが、8月時点で11月最終土曜に紅葉のピークが来ると見切った私のカンは当たりました。

Syugaku03

天気は晴れ。先週の土曜日とは打って変わってきれいに晴れ渡りました。
案内の方が『今日は日本中の行いの良い人の集まりです!』と言ったほどの絶好の参観日和となったのです。

Syugaku07_2

しかしこの日、ひとつだけ注意しなければならないことがありました。
なんと、『上の茶屋付近に猿の群れがいる』との情報により、皇宮警察の方たちがあわただしく動き回っていたのです。
『群れに対抗するにはみなさんも群れになっていてください!離れると襲われる可能性がありますから!』
とのことで、単独行動は危険のようです。
修学院離宮皇宮警察の敵は、過激派左翼ではなく、『猿』であることが今の日本の平和を象徴しているのかもしれません。

Syugaku04

まず、入り口から『下の茶屋』へ。
寿月観周辺の紅葉は見事に色づき、まぶしいほどです。

Syugaku09

そして、木戸を出て馬車道の正面へ。

Syugaku08

空がみごとに蒼く、赤がきれいに映えます。

そして、中の茶屋。客殿を取り巻く紅葉も絶好調です。

Syugaku06 

京都検定的でく『天下の三大名棚は?』という問題が出ます。
桂離宮は『桂棚』、醍醐寺三宝院は『醍醐棚』、では修学院離宮は『修学院棚』と言ってしまっては間違いです。

Syugaku05
修学院離宮、中の茶屋にある客殿の棚は『霞棚』でございます。

さて、次はいよいよ上の茶屋からの空中遊泳観楓となりますが、長くなるので次回です。

Syugaku02

| | コメント (2) | トラックバック (0)

京都大原紅葉レポート その2

9:30ごろ
三千院のお参りを終えて、表へ出てみるとまるでそこはまるで駅のコンコース。
雨は降り続いているのですが人が多くなってきました。

次はどこにお参りしようかと考えて、事前情報ではまだ紅葉まで至っていないと知りつつも、お茶も戴きたかったので宝泉院にお参りすることにしました。

駐車場と三千院の間にはかなりたくさん人がいますが、反対側の勝林院方面に少し入ったところは静かなたたずまいです。
呂川、律川にかかる橋の周辺の紅葉が美しいかったです。

Oohara17

宝泉院の受付へ行き、拝観のお願いをしたところ、
『800円です』
とのこと。えっ800円?
5月に600円だったはずなのに、今回は800円になっているではありませんか。
聞き間違えかとも思ったのですが、お釣りが200円しか返ってこなかったから間違いありません。

5月に別の同僚をを連れしたときのブログで、リーズナブルなお抹茶付きと書いた覚えがあるのですが、値上げとなってしまいました。
宝泉院さんのホームページを見ると確かに改訂したというアナウンスが。お寺の事情もわかりませんのでなんとも言えませんが少し残念です。

でも、意外と中は空いており、今回は赤い毛氈の上に座り、お茶をいただくことができました。

Oohara12
しかしながら、紅葉の進み具合はいまひとつで、五葉松周辺はまだ緑一色。
入り口付近のみ一本だけ赤く色づいた木がありました。

Oohara16

さて、いつものように、血天井、水琴窟など説明しているうちに前回と同じように、座敷一杯にお茶の準備が始まりました。
そしてあっというまに本堂の中は人だらけ。
以前書きましたが、昔は大原に来ても宝泉院など訪れる人はほとんど無く、静かにお茶を戴いてゆっくりお庭を眺められたものなのですが、最近は人気があるようです。

私にしてみれば、『とっておきのお寺』というイメージですので、あまり宣伝してほしくないなと思っていたところ、横で他の拝観客(同僚ではなく知らないおっちゃんです)が
『いいお寺やね~案内してもらえへんなんだら、三千院だけ来て帰るところやった・・・・』
と言っているのが聞こえたのです。

まあ、どれだけ値上げしても、どれだけ拝観客が増えようと、この方のように新たに宝泉院の良さを分かってもらえる機会が増えることは良い事ですよね。
三千院だけ来て帰るところやった・・・の一言で少しすくわれました。

さて、回遊式のお庭、宝楽園の紅葉はこんな感じ。

Oohara15

一部見頃といったところでしょうか。

Oohara11

雨がさきほどよりひどく降ってきました。
宝泉院を出て、帰りがけに勝林院を横から撮影させてもらいましたが、雨粒はこんな感じでカメラに写るほどになってます。

Oohara14

『秋雨の大原もしっとりして良いですよネッ』
と同僚には言いつつも、雨男レッテルが完全についてしまいそうです。(昨年までは嫁が悪天候担当やったのに・・・)

以上、大原紅葉レポートでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

京都大原紅葉レポート その1

11月19日。
午前8時に大原三千院門前の駐車場に到着。雨は小降りながら雲は厚く、肌寒さが感じられます。

Oohara01
大原へは10回以上足を運んでいるにもかかわらず、紅葉の時期に大原を訪れるのは実は初めてです。
今回は、会社の同僚をご案内しての紅葉狩りと拝観となりました。

Oohara06

19日時点で色づいている場所をネットなどで調べたところ、平地(洛中)はまだどこも見ごろまでは程遠く、山のほうへ行かなければ色づいていないことがわかりました。
そこでどうしても三千院をご案内したいというわけではなかったのですが、大原に向かって朝一番で出かけることになりました。

Oohara05

さすがに雨ということもあり、紅葉シーズン真っ盛りとはいえ、午前8時の三千院前はひとけが少ないです。
しかしながら、開門の8:30が近づくにつれ、徐々に人が増えてきました。

8:30ちょうどに三千院開門。
なんと、それにあわせ受付へ猛ダッシュするカメラを担いだ数名の人たち。
おそらく、誰も居ない往生極楽院の撮影のため、宸殿の横まで行くのだなと見て取れましたが、お寺の中を全速力で駆け抜けるのはいかがなものかと。

まず、聚碧園(客殿前庭)へ。
完全に赤く色づいているわけではないのですが、赤、黄、緑が混ざり、グラデーションが楽しめます。

Oohara08

そして、宸殿東隅から往生極楽院を見渡すベストスポットへ。
まだ、庭にはそれほどたくさんの人影はありません。

Oohara04
こちらも雨とはいえ、鮮やかな紅葉が美しいです。

5月に訪れたときほど苔がきれいというわけではありませんが、雨に濡れて光輝く苔を見ることができました。

Oohara03

有清園の庭もあざやかで美しいです。

Oohara09

それにしても、雨の中傘越しにカメラを構えるのはムツカシイですね。レンズに水滴がつきますし、傘があおられ手ぶれしますし。歩けば傘どうしがぶつかりますし。
5月に他の同僚をご案内したときも雨、7月にご案内したときも最後に大雨、9月は台風の中上洛・・・悪天候担当でしょうか。私。

Oohara02

さて、次は宝泉院で茶しばくか・・・

Oohara07

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東大寺ミュージアム 特別展『奈良時代の東大寺』レポート その2

Toudaiji09

嫁が、『あっ!竹○さんがいる!』(○は、木へんに寸)と言ったので隣のへやに誰か知り合いでもいるのかと思ったら何のことはない、『試みの大仏』と呼ばれる貞観時代の仏様で、評論家の竹○健△さんにお顔が似た弥勒如来さんが奈良博から帰ってきていて、鎮座されていました。

Toudaiji12

仲間内では、『東大寺の弥勒如来坐像』とか、『試みの大仏』と言うより竹○健△像と言ったほうが通りが良いのでそのように呼んでいるため、我が家の場合『竹○さんがいる!』となってしまうのです。

個人的には大変好きな仏様で、大きさ30cm程度なのに、その迫力はまさに『試みの大仏』(もちろん貞観時代の作ですから、大仏様の試作目的でなかったことは明らかなのですが)です。

Toudaiji13 
お目に掛かるたびに『あれっこんなに小柄でしたっけ?』と思わせるほど、自分の中では大きく写っているのです。
降魔印という印の結び方も特徴があり強いインパクトで迫るものがありますよね。
奈良博は、不定期出演でしたので、ここでいつでもお目にかかれることができるなら、それも良かったかもしれません。

Toudaiji10_2

さて、床に目を移してみましょう。

Toudaiji11
床の敷き瓦風タイルは某L社のものです。600角(60cmm×60cmの大きさ)の特注タイルなのですが、禅宗寺院に敷かれたものほど緊張感が感じられません。
600角のいぶし瓦色の敷き瓦など現代の技術があるからこそ可能なサイズと材質であって、古代、中世では実現不可能なものです。
ですから、かえってこれが近代的に写りそれが落ち着きを醸しだし、緊張感につながらないのでしょうね。

Toudaiji14

それと、600角タイルは美しいかもしれませんが、床全体に対する目地の占める割合が少なくなることで威圧感や圧迫感が和らぎます。
逆に言えば、それとともに緊張感も取り払われてしまうのかもしれません。

タイルそのものは良いものなのですが、チョイスと敷き方に少し疑問が残りました。

良い博物館ができたと思います。ただし、次回どのようなタイミングで訪問するか、少し疑問が残ります。というのは・・・不空羂索観音さんが法華堂にもどられてからここの目玉はどうなるんでしょうか?

以上、東大寺ミュージアムレポートでした。

Toudaiji08 ミュージアムショップで購入したクリアファイルより

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東大寺ミュージアム 特別展『奈良時代の東大寺』レポート その1

Toudaiji05

午前9:00に奈良到着。
11月のこの期間は奈良国立博物館で正倉院展が開催されているため、奈良はたいへんな混雑になります。
いつも自家用車を駐車する奈良県庁駐車場(一回1000円)はなんとすでに南半分が満車、北の地下部分もすでに列ができはじめています。まだ国立博物館の開館まで30分もあるというのに・・・
地下駐車場も出にくいなと思い、どうせ東大寺ミュージアム以外は行かないだろうからと、
今回は、県庁駐車場への駐車はやめて、県庁横のコインパークへの駐車にしましたが、料金は600円で済み、かえってこれ が正解のようでした。
それにしてもおそるべし、正倉院展ですね。

Toudaiji06

さて、お目当てのミュージアムは、東大寺南大門の横にあります。

Toudaiji02
東大寺総合文化センターという複合施設の中に、展示施設としてのミュージアムがあるのですが、個人的にはセンターとかミュージアムといった横文字はあまり使ってほしくなかったですね。
文化センター・・・とくればなんとなくテレフォンショッピングのようなイメージもありますし。

Oudaiji01

お目当ての不空羂索観音様と日光月光菩薩様は、これまでのご自宅である法華堂(三月堂)の須弥壇修理にともない、こちらへの避難とのことです。
不空羂索観音様は、法華堂のご本尊ですからこちらに仮住まいの後、戻られます。
しかしながら法華堂の客仏だった日光、月光菩薩は法華堂にはお戻りにならず、ここが本住まいとなるそうです。
ちなみに、不空羂索観音様の説明文には、『所在法華堂』とありましたが、日光、月光さんはありませんでした。

Toudaiji04

さて、今回の諸尊の展示方法(という言い方は不適切で、おまつりの仕方と言うべきでしょうが、博物館なので)について感想です。
まず、良かった点は、不空羂索観音様は宝冠、光背をはずすことで、天衣のラインが強調され、天平彫刻らしさがはっきりと見て取れた点です。
聖林寺や観音寺の十一面観音様との比較など類似性を把握しやすくなりましたね。これはオッケー。そして、日光、月光菩薩様は、塑像としてのリアリティが良く分かる展示です。服の紐の結び目や靴のディテールなど明るくなければわからなかったことを再発見できました。これも法華堂にいらっしゃったころにはわかりませんでしたので○(マル)です。

そしてダメな点は、諸尊をガラスごしに見ることで仏様を遠い存在に感じてしまうことですね。興福寺国宝館は、あえてガラスから出したのだからこちらにも展開してほしかったです。そして、もうひとつは、ガラスのつなぎ目がちょど不空羂索観音様の正面にきてしまい、つなぎめに意識をとられて集中できないという点です。大きな一枚ガラスで高価だったと思いますが、4枚ではなく3枚でまとめてほしかったな。

長くなるので続きは今度。

Toudaiji07 ミュージアムショップで購入したクリアファイルより

| | コメント (4) | トラックバック (0)

孤篷庵レポートの続きです

Kohouan04

さて、忘筌の席に座り、寛永の昔、遠州の時代へ思いをはせましょう。
忘筌席に座り庭を見ると、視線の上部を障子で、下部を生け垣で近江八景の庭とは完全に遮断された空間が広がります。
遠州がなぜこの空間を『忘筌』と名付けたか、考えてみましょう。

遠州は、文化人であったかもしれませんが、一国を預かる大名でもあったはずです。
そのときすでに隠居していたかもしれませんが国に帰れば一族郎党を養っていかなければならない立場にあったと思います。
要するに、遠州は会社で言えば社長さんであり、マネージャーでなければならなかったはずです。

遠州は、利休や宗旦などと並べられるため、文化人のイメージが強いように感じられますが、彼らと違う点は弟子の他にたくさんの従業員をかかえていたということでしょう。
文化や美意識を追求することと、経営という仕事の両立が必要だったはずです。

そこで彼も仕事に疲れたときは、自分だけの空間がほしかったのではないでしょうか。
ですから、生け垣と障子を用いて、茶席から見える自分だけの空間を作りたかった・・・と思うのです。
『筌』を経営という手段になぞって、このような道具は忘れてしまいたい・・・そんな思いで『忘筌』と名付けたのかもしれません。

さて、とにかく平日なのに拝観客の多い孤篷庵です。

Kohouan05
Nさんがなんとなく方丈の柱にさわってしまったところ、「触らないで下さい!」と大きな声で学生さんにしかられてしまいました。
そこまで大きな声をはりあげなくともと思ったのですが、私の経験上では学生たちはがお寺さんから警備については厳しくやってくれと言われているからだと思います。
Nさん、あまり気にしないでくださいね。

なにしろ、あの狭さであれだけの人が来ているのですから、学生たちもかなりピリピリしていたようです。

それにしても拝観客が多いです。時間が経つにつれ増えてきます。私が担当していたころの休日よりも多いのではないでしょうか。
でもやはり孤篷庵はすばらしいと感じました。私にはまわりの人がすべて消え、広縁の向こうに手水鉢と燈籠が見えましたが・・・(ホントか?)

以上、2011年孤篷庵レポートでした。

Kohouan01

| | コメント (4) | トラックバック (0)

8年ぶりに孤篷庵にお参りしてきました

Kohouan03

2003年以来、8年ぶりに秋の特別拝観で、孤篷庵が公開となりました。
今回は、祇園の料理旅館で企画担当をされているTさん(2011年第7回検定1級合格)と、河原町六角でお料理屋さんを営んでいる通称『マスター』のNさん(2009年第5回と2011年第7回1級合格)の産大日文研研究員のお二人と、嫁と私の4名です。

今年、2003年依頼8年ぶりの公開となる孤篷庵は、どうしてもお参りしておきたいお寺であったのですが、週末は別の用事が入ってしまい、京都へ行くことが出来ないことがわかっておりました。
そこで、かえって平日であれば空いていてゆっくりお参りできるであろうと思い、会社をさぼって平日に行くことにしたのです。
なにしろ、また8年待たされたのでは、たまりませんから。

ここは、私が学生時代所属していた京都工芸繊維大学古美術研究会の連盟行事としてお寺を預かり、案内していたお寺です。
今回も立命館大学の古美術研究会のみなさんが警備とご案内を担当されております。

Kohouan02

さて最初に、孤篷庵の成り立ちについて、少しふれておきます。
孤篷庵は、大名茶人であった小堀遠州が、晩年に営んだ庵です。もともとあった龍光院が手狭になったため、こちらに移ったとされています。
しかしながら、川上貢先生が書かれた『禅院の建築』-禅僧のすまいと祭享-によりますと、かならずしもそうではないことがわかりました。

孤篷庵が龍光院からここに移った寛永20年ごろの龍光院の状況はどうであったかというと、龍光院は確かに新しいお堂を建てる計画があり、建てられたことは事実でありますが、決して大規模なものではなく、孤篷庵がじゃまになる場所ではなかったとのことです。
遠州は、彼が書きのこした書物で手狭になったことが移ってきた理由としていますが、実は彼の息子で江月宗玩の下で修行していた江雲宗龍がひとりり立ちする時期にあって、龍光院とは別の塔頭(寮舎)が必要だったらしいのです。
そこで遠州は息子のために新たに別な場所に孤篷庵を独立させたのではないかという説が有力視されています。

孤篷庵は自分の息子の出世のために建てました・・・とは言いづらく龍光院が手狭になったためと公言するほうが後に問題になりにくかったと考えることが一般的でしょう。

古美術研究会クラブ員の説明は、基本お寺さんから、「このように言ってください」が基本なので、なかなか遠州が自分の息子の出世のため建てたとは言いにくいのでしょう。特に移転理由の説明はありませんでした。

しかし、自分は遠州も決して『聖人』というわけではなく『子を思う親』なんだなと、逆に人間性が強調されて良いのではと思いますがどうでしょうか。

長くなるので一回休み。続きは今度ね。

Kohouan06

| | コメント (6) | トラックバック (0)

そうだ京都行こう会員限定オリジナルイベントの『和尚さまとめぐる萬福寺』に参加してきました。

Manpuku02

萬福寺。7月に会社の仲間とお参りしたばかりですが、特別拝観となれば短いインターバルも関係ありません。
この日の集合は15:30。夕方から雨が本降りになりました。
そうだ京都行こうデスクのKさんが、「回廊のあるお寺でよかった・・・」と言いたくなるのもよくわかります。

萬福寺の加藤様という和尚様のご説明による案内での特別拝観です。

Manpuku01

萬福寺を開いた中国僧の隠元和尚は、江戸幕府の召還により日本に黄檗禅を伝えたとのこと。350年前、日本の禅宗が少し堕落しかけていて、その立て直しのため招かれたとのことです。

これはあくまで個人的見解だったのですが、黄檗宗は日本の歴史の中で本当に良い時代に日本に伝えられたと思っていました。それは、日本の歴史の中で唯一政権が安定した時期である江戸時代初め(寛永期)であるということです。鎌倉以降の仏教新宗派のいくつかが戦乱の世に伝来し、迫害を受けつつ成長してきたのとは対照的ですよね。

Manpuku08

布袋さんが大笑いしていたり、お料理に特徴があったり、お寺全体が緊張感を保ちつつもなんとなく明るい理由がそれかもしれないと感じておりました。
しかしながらお話によると隠元和尚、立て直しが使命だったとは、本当は苦労が多かったのかもしれませんね。

Manpuku09

さて、今回の特別拝観では、サプライズがいくつか・・・
なんと三門の上に登らせていただけたのはサプライズです。

Manpuku06
しかし上り口は・・・急な階段、低い天井、狭い通路。私、しっかり頭をぶつけました。

Manpuku07

最近は、南禅寺だけでなく、東福寺、金戒光明寺、知恩院など特別拝観で三門(山門)の上へ上らせていただけるお寺が増えましたが、ここはおそらく特拝でも公開は無理でしょう。狭い楼閣通路、低い欄干など、学生などでは安全管理ができないでしょうね。

Manpuku03

欄干が低く傾いた床は少しこわいのですが、秋の夜風が心地よいです。

Manpuku04
しとしとと降り注ぐ雨もなぜか心地よく、三門からの眺めは夕暮れ時とは言え、楽しむことができました。

Manpuku05

今回の萬福寺さんの特別拝観、とてもよかったです。
古文化保存教会や、観光協会の主催する特別拝観とは一味違った企画をこれからもお願いしたいですね。

それにしても、そうだ京都行こうのイベント・・・
申し合わせたわけではないのに、いつも同じ顔が何人も集まるのはどういうわけだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

古代祭祀体験 in 一乗戻り橋 に参加してきました

Saisi06

京都市考古資料館での展示会、『古代の祭祀 ー出土品が語る平安への願いー』に協賛したイベントで、平穏を願った平安時代の儀式を再現させる「古代祭祀(さいし)体験in一条戻橋」に参加してきました。

災害や疫病が悪霊の仕業と考えられていた平安京では、災いを払うため、人の顔を描いた「墨書人面土器」や、木簡を人の形に削った「人形代(ひとがたしろ)」に悪い気(ケガレ)を込めて川に流したとされています。

そして、今回は堀川の一条戻り橋で、その顔を書きこんだ土器や人形代を川に流し、平安の儀式を再現するイベントとのことです。

イベントに先立ち、ステージでのパフォーマンスが三つほどありました。

ひとつは、今貂子「間に・遊ぶ」というタイトルでの舞踏です。

Saisi01  Saisi09

最初は少し不気味だったのですが、動きの「キレ」の良さに見入ってしまいました。
ネットで調べたところ、ちょっと有名な方のようです。
『今貂子』さん・・・インプットです。
http://nekomaya.com/workshop/1/
http://dance-aid.blogspot.com/2011/04/blog-post_9177.html

次が狂言、「一条戻り橋珍問答」

Saisi07
場所が一条戻り橋だけあって、阿部清明さん題材の劇でした。
清明さんと式神が現代に現れ、コミカルなやりとりを行う劇ですが、演者の発する声の通りが良く気持ちよく見ることができました。

最後が雅楽「平調音取」「越天楽」
奈良大学雅楽研究会のみなさんです。

Saisi08

なぜか雅楽って、狭いところに密集してすわり、楽器を演奏することが多いですよね。
水の流れと相まって、秋空の下たいへん気持ちよく聞く事ができました。

さて、パフォーマンスも終わり、いよいよイベントです。

と、その前に主催者から注意事項が・・・
「これは、『まねごと』であり、ケガレを本当に流してしまうわけではないので、流したものは回収しておみやげで持って帰ってくださいね」
確かに、そのまま堀川に流したのでは、問題がありますよね。流す距離は10m程度で、下流側でしっかり回収できるようになっているようです。

まず、受付でくじ引きです。(ステージの前に引いたのですが・・・)
これで土器か人形代か決めるのですが、嫁は『人形代』流し、私は『土器』のが当たりました。
そして、どのようにケガレを流したか、私の『土器』」パターンで順を追って説明いたしますと・・・

まず、器に絵を描きます。
そして、紙でふたをして、一箇所だけ水で穴を明けます。
そこに、ケガレとなる息を吹き入れます。
そして、自分の名前を書いた紙で封をして、準備完了です。

それを木橋から下流に向かって流す。

Saisi05

土器は流れに沿って下流へ。

Saisi03

先回りして、土器を回収。

Saisi02

ちなみに『人形代』流しはこんな感じで流します。

Saisi04_2

さて、個人的には、とても良いイベントだなと感じました。なんと言っても無料でいくつも楽しめるということが良かったです。
今回は、京都市民向けのイベントとのことですが、私のような『よそさん』向けにももっとアピールするべきではないかと感じました。
特に舞台パフォーマンスは、長くもなく短くもなく良い構成でしたし、疑似体験とはいえ、ケガレを堀川に流すということができましたのでいい気分です。
もう少し宣伝を上手にやれば、リーズナブルな体験型観光のひとつになると思いますが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

りょうりや 『御旅屋』レポートです

先斗町『よし菜』の料理長を勤められた、御旅屋(おたや)さんが木屋町にご自身のお店を始められましたのでお食事をしてきました。

Otaya03

開店は、8月下旬だったのですが、何かと私事で忙しく10月に入ってのでご訪問となりました。よし菜時代から、お料理を一品ずつ丁寧に作られるという点では、天下一ではないかと思っていましたが、どんなお店になったか・・・・。新しいお店を訪ねるときは、期待と不安が入り混じり、ちょっとした緊張感も伴ってイイものですね。

場所は、西木屋町通り高辻で四条と五条のちょうど中間点。客室が高瀬川に面している粋なお店です。第一印象はと言えば、外見や客室はきわめてシンプルで、料理で勝負する御旅屋さんの意気込みが感じられましたね。そして、BGMを一切流さないという方針も、御旅屋さんらしく個人的には気に入りました。

さて、この日出していただいたお料理をご紹介いたします。

前菜・・・イクラと梨の和え物

Otaya05
素材はイクラと梨だけなのですが、これがことのほかおいしい!
イクラの下に敷かれた切り刻んだ梨の大きさにテクニックがありました。
でも、誰も真似できない一品のように感じます。

焼物・・・琵琶湖の天然の大鰻です
Otaya06

嫁がぶ厚いうなぎの身を見て、『うなぎが白身の魚ってことがよくわかる!』と言ってます。(←あんたの出身地、三河は日本一の産地やろっ!今まで食べた鰻で気づかんかったんか?)
焼き上がりがほくほくでむちゃうまい!鰻のもつうまみを全面に出して味わえる一品でした。

さて、そのうなぎを焼いてもらった『おくどさん』はこれ。

Otaya07
炭焼きのかまどですね。カウンターの正面にドカッと居座り、存在感があります。
昔からガスコンロで焼いた鰻にうんざりしていた私ですが、やはりガスではない炭で焼いたものは違います。この『おくどさん』は『御旅屋』の売りではないでしょうか。維持、管理などむつかしいかもしれませんが、是非続けて使ってほしいものです。

お店を始められるにあたって、コンビを組まれた新人料理人の『加藤さん』もやる気十分という印象でした。

Otaya01
なんとなく、ご兄弟に見えてしまうのですがそのあたり、息がピッタリ合っているからでしょうね。

さて、生意気ながら感想を・・・
おいしいだけの料理なら京都であればたくさんあるわけですが、お料理に『繊細さ』を求めるのでしたら、ここ『御旅屋』は最適ではないかと思います。
そして、今は料理に季節感を求めるのはあたりまえになってしまいましたが、さらにそこを追求して素材の良いところを生かした料理が食べたいと思えば、やはりここでしょう。
場所についても、木屋町とはいえ四条と五条の間は思いのほか静かで、先斗町や四条界隈とは違った京都の良さが味わえます。

男の自分から言うのも変なのですが、『御旅屋』はオシャレなお店で女性向けかもしれません。女性がお一人でも入れるお店であり、女性だけのグループ(いわゆる女子会)などにも適しているような気がします。

Otaya02

高瀬川の水の流れを見ながらの食事は賀茂川の川床とはまた違った趣がありますね。今度は窓側のボックス席に座ってみたいです。
料理屋『御旅屋』はお勧めです。これを読んでいただける皆様、『御旅屋』がメジャーになって、予約が取れなくなる前に是非行ってみてください。

お店のHPはこちら
御旅屋さんのブログはこちらです

Otaya04

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京国立博物館 空海と密教美術 レポート 文責:由美子

Kuukai03 図録表紙

8月18日木曜日、9連休という長~いお休みに感謝しつつ、旦那を仕事に送り出した後、いざ東博へ。
午前6時30分。今から出発すれば開館時間には充分間に合います。
今日も暑そうなので、折りたたみの日傘とタオルと「シロクマのきもち」を持ってのお出掛けです。
お茶or水は途中で用立てましょう。

JR上野駅に着いたのは午前9時。自宅を出て2時間半、でもちょっと早く着きすぎ・・・
この暑さ、ぼーと待っているのは辛いかなと思いつつ東博へ。まだ夏休み中のせいか平日でも子供連れが多く、動物園と科学館が人気かな。9時10分くらいに東博の門前へ。

チケット売り場にも入場門にも列が出来ていますが、予想よりは少なめ。チケットは東博のオンラインチケットで購入済みの為、入場門の列へ。
前に並んでるのは40~50人くらい、並んでる場所もちょうど木陰。ここで一度チケットの確認。列が伸びてきた為、9時20分頃から門の中へ移動。9時30分には平成館の中へ。普通のチケットとオンラインチケットは列が別。オンラインチケットはバーコードを読み取るのでバーコードリーダーで「ピッ」としてもらい、普通のチケットの半券と交換。さて展示会場へ。

Kuukai05 入場券半券

かなり早く入場できたのでゆっくり見て回れそう。
今回の一番の目的は「宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱」。思っていたより地味。もう少し金が強いかなと思っていたんですけど。銀はどうしても黒くなりますからね。贅沢を言えば

長辺の側面がもう少し見えると・・・ 私の視力にも問題があるのですが、ぐるっと一周見ることが出来ると左右対称になっているので、長辺側面の中央に描かれているものがハッキリするのでしょうが、よくわかりませんでした。(正面から見た迦陵頻伽かなって思ったんだけど。)

予備知識なしで行った今回気に入ったのはまずは「錫杖頭」と各「五鈷鈴・独鈷鈴」。特に「錫杖頭」の細工の細かさ。阿弥陀三尊の両脇に四天王が一体ずつ。表と裏で阿弥陀様の印相が違い、もちろん四天王もそれぞれ手に持つ武器も違いました。多聞天はハッキリと分かったのですが、後の三方はごめんなさい。。。(増長天は何となく、持国天と広目天は・・・) 鈴に刻まれている四天王像や梵天・帝釈天、五大明王もすごい。このあたりケースに張り付くように前から横から可能な物は後ろから充分に堪能。

ただ、今回の呼び物「仏像曼荼羅」は・・・? この方達は東寺講堂の方が仏像曼荼羅と感じられるような気がするのですが。ただ、博物館の展示ならではの良さもありました。目線の位置を変えれたこと。各像を前後左右どこからでも見ることが出来たこと。(東寺では絶対に無理)そのおかげで、大威徳明王が座っていらっしゃる水牛のしっぽがとってもかわいいいって発見いたしました。

最後にショップへ寄って図録とクリアファイル(宝相華迦陵頻伽蒔絵冊子箱と仏像曼荼羅)を購入。

Kuukai01
本日まじめに仕事に行った旦那へのお土産。

知人のブログで本館も良いとのことでしたので本館へ移動。さすがに図録が重いので荷物はロッカーへ。こちらはすいてます。
真如苑の大日如来様初めて拝見出来ました。また漆工のお部屋では尾形光琳作「八橋蒔絵螺鈿硯箱」他漆工の名品を堪能。ただ、結構な時間館内にいたため体が冷えきてしまい外へ。う~暑い! 重い!
ほかへ行く気力無し。今回は東博のみ(もったいないけど・・・)。でも充分満足でした。

それから平成館の入り口に「両界曼荼羅図(血曼荼羅)は金剛界が展示してあります」みたいな張り紙がしてあった記憶があったのですが、今日新聞を見たら、展示替えの時に

胎蔵界曼荼羅を吊すワイヤーの補助具がはずれたわんだ状態になり約5センチのしわが確認されため急遽金剛界曼荼羅と展示期間を変更したようです。

明日土曜日から仕事。休みぼけで復帰できるかしら・・・

Kuukai04 図録裏表紙

| | コメント (4) | トラックバック (0)

駒井家住宅 ヴォーリズのキッチンカラーコーディネートに見習え!

夏の旅、駒井家住宅へ行ってきました。

Koaike01
ここにヴォーリズの傑作があることはかなり前から知っていたのですが、訪れる機会が無く、夏の旅というきっかけで見学させていただきました。

さて、本邸のほうはみなさんレポートされていますので、私はこちらのキッチンをご紹介いたします。

このキッチン、84年前のものだそうですが、現役です。

Kichen08 

正面の食器棚と、調理台、壁付けキャビネットが当初のものだそうです。

Kichen04
関心すべきは、そのカラー(アイボリー基調)に合わせていろいろ改造されていきているというところ。

Kichen05 
冷蔵庫、厨房機器、キッチンバックタイルなど、すべてこれまであったアイボリーに合わせて取りそろえられていることを評価しなくてはなりません。

Kichen02
維持、存続、そして一般公開に関して難しかった時期もあったはずですから、立派なものです。やたら変な色の取り合わせで、すぐに飽きのくるシステムキッチンを作っているメーカーは考え直さねばなりませんね。

Kichen06
これは、調理台なのですが、今風に言えば『アイランドスタイル』なわけですね。

Kichen03
楕円に切り取られた天然大理石の天板がすごすぎます。アイボリー色の天然大理石をヴォーリズが探してきたとしたら、その『こだわり』はたいしたものです。

Kichen01

こちらは、いわゆる『アッパーキャビネット』あるいは『ウォールキャビネット』というやつで頭の上の空間を生かすための収納です。現在は使われていないかもしれませんが84年間、落ちないでいることに敬意を表したいです。

繰り返しになりますが、このキッチンが今も使うことができるということはすばらしいことです。

Kichen07_2

そして、ヴォーリズが色彩をアイボリー基調でコーディネートし、少しずつ変えながらもその基本デザインを守っているという点でこのキッチンは価値があるものでしょう。

真夏ということもあり、アイボリーに涼しさや清潔感を感じさせられつつ、駒井家を後にしました。

Koaike02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓬莱泉研究会レポート その5 法隆寺で火の用心?

法隆寺も本当に久しぶりです。

Houryu06 一般拝観券より

良く考えると、この数年間、京都検定に集中していたため、奈良へは国立博物館の特別展示でもないかぎり積極的に行ってなかったのですね。特に斑鳩、飛鳥などは遠ざかっていたことに気が付きました。

Houryu01

駐車場に車を停めて、西院伽藍へ。南中門の前で、
私『あのこうらんの意匠は何ですか?』
Kさん『おお!卍くずし!』
私『いや~良く知ってますね。建築ご専門ですか!』

昨日の万福寺に引き続き、卍くずじとご対面です。
はからずしも、日本を代表するこうらん卍くずし意匠を二つも確認することになったのは意図的ではないにせよ、研究会ならではです。(意味不明)

7月下旬はやはり観光シーズンとしてはオフシーズンなんでしょうか。こんなふうに人が入っていない五重塔と金堂を撮影できました。

Houryu03

法隆寺の金堂、釈迦三尊像もかなり久しぶりのお参りとなりました。
金堂の中を明るくしたとの情報があり、今まで薄暗いなかで日本最古の仏様と対面していたのえすが、どうなったか・・・

観光バスのガイドさんがお客様を案内しているのを横で聞いていて、金堂の中にこれまで堂内を明るくするための電球を設置しなかった理由がわかりました。
どうやら、昭和26年の例の火災の火元が電気座布団からの出火だったらしく、それ以来電源ケーブルは一切建物の中に入れなかったとのこと。それを今回ライトを入れることができたのは、発光ダイオードを用いて、熱を抑えたからとのことでした。

やはり、内部を明るくしてくれたことは評価せねばなりません。初めて、三尊像の左脇士、(薬王菩薩)の金色の輝きを肉眼で見ることがでました。

ところで、発光ダイオードって本当に火災に対して有効なの?と、安全防災がご担当のお二人に聞きましたところ、100V使っているとしたら同じじゃないのかな・・・とのことでした。もしかしたら電源は蓄電池(バッテリー)かもしれません。

Houryu05

奈良はしばらく来ないうちに仏様に直接お参りする環境が改善されていることに驚きました。こうしてみると、次に気になるのは東大寺総合文化センターのオープンです。床は某LI○IL社の大型特注床タイルを四半で敷いているとのことですが、法華堂諸仏の展示状況はどのようになるのでしょうか。法華堂内陣と同じような感動が得られることを期待しつつ、次の研究対象はそこらへんかなと話をして奈良を後にしました。

以上、蓬莱泉研究会レポートでした。
Hoiryu02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓬莱泉研究会レポート その4 興福寺国宝館 阿修羅に会え!

そして次は興福寺国宝館です。

Kouhukuji02 興福寺国宝館拝観券より

私も興福寺国宝館を訪れるのは、数年前大々的に行われた阿修羅展以降、初めてとなります。
国宝館もそれ以前とは様変わりしているとのことでしたが、以前と比べて展示方法などはかなり良くなっておりました。

例えば、国宝館の展示方法は、なんと八部衆は上半身だけのゴブジョウさまを除いてすべてガラスケースから出されました。
これは画期的なことですね。初めて阿修羅さんやガルラさんをガラスを通してではなく直接見ることができて感動しました。各仏様の配置も、食堂のご本尊であるの丈六千手観音像を中心にあたかもお堂の中に諸仏がたたずむように配置され不自然さを感じません。これはかなり評価できることであると思います。

それにしても、若い人が多いですね。阿修羅展以降、若い人が仏像ファンになったことをあちらこちらで感じてきましたがここに来るとそれが良く分かります。

さて、今回は研究会です。阿修羅像については、ひとつ研究テーマがありました。
と言うのは、阿修羅は正面で両手を合わせていますが、本来そのような手の組み合わせではなかったということの確認です。
真正面に立ち阿修羅を見てみますと、確かに両手を合わせている位置が左に偏っていることと、左右の腕の長さが異なることに気が付きました。興福寺の仏様たちは、廃仏毀釈のときにひどい扱いを受けております。阿修羅像もそのとき乱雑に扱われ腕が取れてしまい(腕がとれてしまった写真が現存します)、修理結果が現状の正面での手を合わせている姿とのことです。
以前はどのような手の組み方であったか、想像するのも楽しいですね。
手を合わせている今が天平のオリジナルなのか、別の手の表情がオリジナルなのか、わかりませんが、文化財は大切にしなければならないということを強く感じました。

メンバーの一人Kさんは、『踏まれていない邪鬼が見たい!』と、天燈鬼・龍燈鬼立像が気になっていたいたらしいのですが、この2神を気に入ったのはHさんのほうで、絵葉書を買っていらっしゃったようです。

国宝館を出て、奈良が初めてというHさんに猿沢の池付近をご案内。

Kouhukuji01

お昼は、定番の『平宗』にて柿の葉すしとそうめんを堪能。前日食べ過ぎたおなかにはそうめんが優しくて良いですね。
そして、お昼を食べ終え、奈良公園を後にしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓬莱泉研究会レポート その3 奈良新薬師寺  なんと来たことが無い!

7月30日(土)
この日は、奈良でお寺さんの研究です。

蓬莱泉研究会メンバーのお二人は、私の洗脳・・・いや影響で仏様にかなり興味をもってもらえるようになりました。
そこで今回は、奈良で仏様にお参りしようということになったのです。
南都、いや、なんと研究会メンバーのひとり、茨城県出身のHさんはこれまで南都(奈良)に来たことがないとのこと。
(平均年齢50近いおやじの集団なのでオヤジギャグ連発OKです)それでは・・・とばかりに奈良へ向けて出発です。

飛鳥時代から天平時代にかけての仏様はその作られ方が様々で、それぞれ代表選手にお参りいただこうと考えました。
そこで、新薬師寺で塑像、興福寺国宝館で脱乾湿像、法隆寺で鋳造仏(ブロンズ像)という流れで組み立てたのです。ま、木像の仏様はこれらどのお寺でもいらっしゃいますので。

まずは、新薬師寺。

Sinyaku01 新薬師寺拝観の栞より

午前9:00のお寺はまだ人影もまばらでととも静かです。

十二神将は、いつお参りしても圧巻ですね。天部塑像のリアリズムに浸ることができます。
しかし、塑像というものは土の像ですから、もろさは見るだけで伝わってきます。ある程度補強処理はされているのでしょうけれど土のもつやわらかさなどはコーティングなどされては伝わってこないかもしれません。

Sinyaku04

かつてこの塑像は奈良国立博物館で展示されたことがあったそうですが、本当によく運べたものだと関心します。個人的には阿修羅を東京まで運ぶことよりこの像を数百メーター離れた博物館に運ぶことのほうが難しかったのではないかと思いました。

Sinyaku02

そして新薬師寺のお薬師さんは、貞観彫刻の代表です。お顔はインド系のいわゆるソース顔なので日本固有の仏様・・・例えば阿弥陀様と比べますと、ギョロっとした目に畏怖の念を感じることと思います。
それゆえ、どちらかというと敬遠されがちな仏様なのですが、実は見る方向によって印象がかなり異なるのです。
というのも、正面から見るのとやはり怖いのですが、側面の十二神将の影から見ると突然『いい男』になってしまうことをご存知でしょうか。ご案内したお二人のそれを説明しなんとなく納得。なぜそう見れるのかはわかりませんが。

Sinyaku03

午前10時をまわり、拝観客も増えてきたころ新薬師寺を後にしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓬莱泉研究会 レポート その2 伏見藤岡酒造 蒼空こそ研究会の醍醐味です!

次はいよいよ研究会本番です。お酒の街、伏見へ繰り出すことにしました。
車を宿に停めて、京阪電車に乗り込みます。
電車を丹波橋で降りて、目指すはただ一店のみ。それは、蒼空の銘柄で有名な『藤岡酒造』さんでした。

Soku02 藤岡酒造様発行の「しおり」より

ここは、2年と数ヶ月前の第1回研究会京都遠征で訪れたのですが、そのときは3月の連休の時期で込み合っており、泣く泣く試し飲みを断念したという経緯のある酒蔵なのです。

その後、蒼空は『よし菜』や『きのした』で何度か飲ませてもらっていたのですがやはりスッキリ、サッパリ系純米酒が好きな私にはこの場所での試飲はあきらめきれず今回の訪問となりました。
メンバーのお二人も意見の一致するところであり、3人ともうれしそ~な顔をしながらお店ののれんをくぐりました。
まあ、顔くらい緩んでも良いではありませんか。研究会なのですから。

ここの試飲コーナーは、酒蔵Bar「えん」といいます。

Souku01 藤岡酒造様発行の「しおり」より

さすがに金曜日だけあって今日はだれも居ません。ラッキーとばかりに靴を脱いで掘りごたつ式のカウンターへ座り、3人とも『飲みくらべ』セットを注文。
純米酒美山錦(60%)、純米吟醸生酒山田穂(55%)、純米大吟醸おり酒の3種類のお酒を堪能しました。

Soku05
本当においしい酒です。そして、酒が新しいだけあって、濁りの無いフレッシュな味が楽しめますね。

Souku03

カウンターに座ると正面に見える酒のタンクが酒蔵らしく、味わいがあります。

Soku07
つまみに頼んだ漬物セットの長芋のわさび風味が打田製だったのも泣かせます。

酒のメニューに『山田穂』という酒米の酒がありました。この酒米は、山田錦の親とのことですが、私の認識では山田錦の親米は、渡舟という銘柄で、滋賀県八日市で牧場を経営している友人の農業つながりの知り合いが復活させた酒米のはず。数年前から機会があるごとにその『渡舟』の酒を飲んでいたのですが、その酒米ではなく、山田穂とのこと。
良く聞いたら、『山田穂』は母、『渡舟』は父で、その子が『山田錦』とのことでした。

Soku04

酒に対する知識を高める。まさに研究会ですね。

そして、新情報としては秋にその『渡舟』で蒼空を作るとのこと。
どちらかというと重たい味の渡り舟をどのように清酒として仕上げてくるか非常に楽しみです。これはまた秋に来て飲んでみなければなりませんね。

『渡舟は何を飲まれました?』『大治郎ですぅ~』などと
精米度や酒米の話題などでひとしきりお店の方と盛り上がり、気分が良くなったせいか
『今日は午後から会社をさぼって、蒼空さんのために名古屋から来ました!』とか
『3年前近く前からずっと気になってました!念願かなってうれしいです!』とか
まあ、うそではないのですが、誇張しているところも研究会だから許してください(何を?)。

Soku06

それぞれおいしいと思ったお酒を購入したのですが、私は季節限定のこちらを購入。

Soku12 『夏純米7号生酒』

そして、3人とも大満足で藤岡さんを後にしました。
次回からも、研究会コースに伏見藤岡酒造が入ること決定のようです。

※この後、当然のことながら河原町に出て、いつものように『きのした』や『くいしんぼ』へ行ったのですが、記憶があいまいでレポートに支障が出ますので残念ながら割愛させていただきます。

Soku10

次の日の土曜日もまたお酒・・・ではなくお寺の研究会で奈良へ行きましたので、追ってレポート書きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蓬莱泉研究会 レポートその1 みんなで会社さぼってお参りです

7月29日金曜日。
この日はかねてより予定しておりました、『研究会』の日です。
金曜日。東海地方にありながら、TOYOTA様と直接関係のない我が会社は仕事の日です。しかしながら、ここは『研究会』なのですから、午後からみんなでお休みをとり、同僚二名、合計3名で『研究会』に出かけました。

さて、何の研究会と言いますと、正式名称を『蓬莱泉研究会』とい言いまして・・・

Houraisenrogo ほうらいせんの会会員カードより

たまたま会社で労働組合の執行委員を同じ時期に担当した3名の酒好きが集まり、東三河にある蔵元の関谷醸造製のお酒、『蓬莱泉』を楽しもうと始まった集まりなのです。
最初のころは、奥三河の蔵元へ量り売りの酒を買出しに行き、それを蒲郡の自宅で飲んでいた・・・いや研究していたのですが、私が京都に関係するようになってから、『それでは研究対象を伏見まで伸ばしましょう』ということになり、、お酒だけではなく文化財も研究しましょうということになりました。
そして、お寺を案内しているうちに彼らも仏様などお参りして歩く楽しさがわかってもらえまして研究会は継続しており、今回は3回目となる研究会京都遠征となったわけです。

さて、半日会社をさぼっただけに金曜日の午後は一ヶ寺だけでもお参りしなければなりません。なにしろ『研究会』なのですから。
そこで愛知県知多半島にある半田市の中心部を車で出て高速道路を走る事1時間30分。着いたのは宇治の万福寺さんでした。

Manpuku06

やはりここは敷瓦の研究をしている私が敷瓦盛りだくさんの万福寺さんを案内しなくては・・・とお参りすることにしました。なにしろ『研究会』ですから。
さて、駐車場に車を止めて、拝観料を支払い境内へ。7月下旬とは思えないほどの涼しい風が通ります。
それにしてもここの敷瓦は美しいです。そして四半敷きは緊張感が漂います。

Manpuku01
メンバーのKさんが、『四半は結界を意味する』ということを盛んに主張しておりましたが、そうかもしれません。
鐘楼の下まで来たとき、こんなふうに書かれたものを見つけました。

Manpuku05
 最終行に『慎勿放逸』(慎んで放逸することなかれ)と書かれています。
そこで、放逸って何でしょうね?ということになり、誰もわかりません。しかし、ここは研究会です。調べてみたところ、どうやら放逸とは、わがままなこと。勝手気ままでしまりのないこと だらしのないこと・・・だそうです。
知らなかった三人はすでに会社をさぼってお参りしており、これぞまさしく放逸ではないでしょうか。

次は法堂です。
お寺さんの勾欄は卍くずししと呼ばれる意匠が用いられます。

Manpuku04

そして、卍くずしの説明を一通りしたあと、開山堂へ向かいましたが、ここの開山堂の勾欄は、卍がくずれておらず、卍そのものではないですか。

Manpuku03
こんな勾欄、あったのですね。すべてくずれていると思ってました。気がつきませんでした。

開山堂の前で手を合わせていると、またしてもKさんが、
『二村さん、蓬莱泉がありますよ。』
と、見れば蓬莱泉の『可(べし)』という銘柄のビンラベルデザインに用いられている達磨大師のお顔ではありませんか。
確かにここは禅宗寺院でありますから、達磨さんの絵はたくさんありますよね。
ちなみに、こちらがその『可』をあしらったTシャツ(通称ベシT)のデザインです。

Beshi02

『ああ!やっぱり研究会だな~可に出会えた!』
などとまだ酔っぱらっていないのに意味不明なことを言いつつ、これも何かの縁かと思い、開山堂にお賽銭を納めもう一度手を合わせました。
あっ!開山堂で、お賽銭は3人とも払いました。なにしろ研究会なのですから。

Manpuku02

さて、万福寺のお参りで29日のお寺の研究の部は終わりです。
続いて、伏見、お酒の研究へと続きます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

伏見でモノづくりの原点を見た

伏見にある『浅田製瓦工場』さまをご訪問いたしました。
鈴木先生は、埋蔵文化財研究所に勤務されていたとき、伏見区の発掘調査を行っていたときたまたま飲み屋で浅田様とごいっしょされたことがご縁でこれまでおつき合いされているとのことです。

それ以来、発掘された瓦に関するご相談をされてきたとのことで、昨年の法勝寺八角九重塔跡地から出土した敷瓦についてのご見解などもいただいておりまして、間接的に内容はお聞きしておりました。

伝統的技法で、京瓦をつくり続けている工場で、軒瓦に自分の家紋を入れたいなどという特注の瓦の製造が中心とのことです。
もちろん、屋根瓦の製造が中心ですが、敷瓦の納入実績もあるとのことでお伺いすることにいたしました。

これまで納めてきた敷瓦としては、桂離宮玄関の車寄、大覚寺の回廊等があるとのことでした。そして現在は、妙顕寺の鬼瓦を修理中とのことです。

京都アスニーにあります平安宮豊楽殿の『鴟尾』を再現焼成したのも、浅田さんとのことです。

Shibi01 京都市平安京創生館パンフレットより転載

これは、一昨年、解体修理が完了した唐招提寺金堂の鴟尾よりもひとまわり大きく、(高さ1.5m)おそらく日本で一番大きなしびではないかとのこと。

Tousyoudaiji01 唐招提寺金堂

これくらい大きい鴟尾の場合、粘土で形を整えてから水分が自然に抜け、焼成できるようになるまでに要する期間はなんと半年間なのだそうです。

そして、2個焼いたところ、最初の1個は成功したものの、2個目は焼成時に砕け散ったとのことです。
半年かけて乾燥したものが一瞬にして無に帰することがあるのですね。

ガス窯による微妙な温度調節が可能な現代の窯でさえ焼成が難しい『鴟尾』を古代の職人はどのようにして造ったのでしょうか。

この工場の建屋はもともとは友禅染の工場だったとのことで、後になって建物中央に補強をしたとのことです。
この組み方が下から見ると意外と美しく、NHKの取材があったときもしっかり撮影していったとのことでした。

Asadasan01  Asadasan02

敷瓦についてもたくさん情報をいただき、勉強になることがありました。
特に、最新技術を何でもかんも取り入れるのではなく、状況に応じて取り入れるという方針が、伝統的な部分を保ちつつ今日までやってこれたことの大きな理由ではないかと思いました。

モノづくりに携わる者は、見習わなければならないところがたくさんあり、モノづくりの原点を感じる次第でありました。

『浅田製瓦工場』様のホームページにて、瓦の詳しい製造方法など紹介されておりますので、ご参照ください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

いざ、母校図書館へ!

6月25日、地方高速道路料金、上限1,000円終了初日の土曜日。
かねてより鈴木先生とお約束いただいた、伏見区の瓦工場をご訪問のための上洛です。

朝の高速道路は先週までの土曜日とは大きく違い車の数が少なく感じます。
これまで、午前7時ごろの東名阪道下りは、普通の土曜日なら四日市で10km以上の渋滞。
GWなど長期連休期間であれば20km以上の渋滞は普通になりつつあったのですが、今日は約2Kmの渋滞とかなり短め。
感覚的には少し流れが悪くなった程度ですりぬけました。
そして、先週までかなりの数を見かけた関東地方ナンバーの車はほとんど姿を消してしまいました。

この日の予定は、午前中は鈴木先生に研究についてのご相談。
そしてこの日は今期の特別客員研究員の活動開始日(オリエンテーション)にもあたっているため先生はそのご対応です。
その間に母校であります工芸繊維大学の図書館にある寺院の修理報告書を物色。
午後に入って、再び先生と合流し、伏見の『浅田製瓦工場』の見学。
夕方は、今年、特別客員研究員になられた京都検定仲間のMari様と夕食という予定です。

別行動となる嫁を市内某所でおろし、一人で産業大学へ向かいました。

午前9時に産大前駐車場に到着。先生が来られるのを待って短時間でご相談。
そして工芸繊維大学へ。

Daigaku02

そもそもなぜ工芸繊維大学図書館かと申しますと・・・
鈴木先生に、『寺院建築の修理報告書を探したいのですが・・・』とご相談したところ、
『それなら母校の図書館ですよ。京大とならんで蔵書量はかなり多いです。卒業生なら借りられるでしょう』
とアドバイスを受けての図書館利用なのです。
卒業生でありながら知らなかった私も情けないと言えますが。

先々週の上洛時に図書館の利用証の申請をしておりましたので、それを受け取り構内へ。

Daigaku03
卒業から四半世紀が過ぎておりますので、以前の図書館がどのようだったか、ほとんど記憶にありませんが建てられている場所は同じでした。

この一年、産大の図書館に通い続けていたものですから、つい比較してしまうわけですが・・・
やはり、マイナー国立単科大学の図書館は、メジャー私立総合大学図書館と比べますと、小さな町の図書館のようでもあります。

Daigaku04

で、これが『図書館利用証』

Riyousyo01

しかしながら、寺院等の文化財建造物の修理報告書の棚は圧巻でした。
さすが、我が母校・・・と思いつつこれらは在学中からあったのでしょうね。それほど興味が沸かなかったのですが・・・

さて、本を借りた後、構内を歩くと、胸像がいくつかありました。

京都検定的にはおさえておかなければならない有名人で、工芸繊維大学に関わった先生がたがこっそりいらっしゃいます。
正直言って、これらも在学中は『何かあるな』程度で見向きもしなかったことは事実です。

こちら、浅井忠先生。

Asai01

前身の、京都高等工芸学校の教授でした。

武田五一先生の胸像も、たしかどこかにあったはずですが見つけられませんでした。次回は見つけておきます。

借りてきた報告書を鈴木先生にお見せしたところ、修理報告書というのは、発行部数が限られていて、大変貴重なものだそうで、もし古本として扱われていたら
相当高価な値がつくと教えていただきました。
それを惜しげもなく卒業生とはいえ、一般人に貸してしまうのはなかなか開放的な大学という評価をいただきました。

Daigaku01_2

高価な本とのことですので、早めに読んで返しに行こっと。
そんでもって瓦工場ご訪問レポートは次回ね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

まだお参りしたことないお寺、お宮巡り その2

行ったことないお寺さんめぐり、その次は嵯峨野鹿王院です。

Rokuouin05

鹿王院というお寺の存在を知ったのも、実は京都検定の受験勉強でした。
それまで、嵐電の駅に『ろくおんじ』ではなく、『ろくおういん』という駅があることはうすうす知っていたのですが、由緒正しい禅宗のお寺さんであることは知りませんでした。

いきなりですが、第6回京都検定の問題で、

足利義満が春屋妙葩を開山に建立した寺院。嵐山を借景に、舎利殿を中心にした枯山水の庭のあるお寺は?
・・・私はこの問題で、『嵐山を借景』を読み落とし、相国寺と書いてしまった苦い思い出があります。←受かってしまえばこっちのもの・・・というのは良くありません。反省を兼ねてのお参りとなりました。

Rokuouin03

嵯峨野に有る禅宗のお寺といえば、やはり五山第一位の天龍寺とその塔頭や臨川寺になるわけですが、この鹿王院は単立の臨済宗寺院です。

先日の三千院同様、雨の日の苔と青もみじは美しいです。

Rokuouin04

どことなく高桐院を思わせるような参道を歩いて方丈へ。拝観料300円/人を払って建物の中へ。

敷瓦を敷き詰めた回廊が雨に濡れて美しいです。

Rokuouin06

仏殿の前の敷瓦。やはり四半で敷かれていて、緊張感があります。

Rokuouin01

さて、鹿苑寺の舎利殿は、いわずと知れた金閣。
しかし、鹿王院の舎利殿は、この建物。別称は無いようです。

宝形造、瓦葺き、裳階付きのお堂です。宝暦13年(1763年)の建立とのこと。
それほど大きくはありませんが、禅宗様のきれいな建物です。

Rokuouin02

禅宗寺院にとって仏舎利を納めたとされる舎利殿は重要な建物のひとつなのでしょう。
仏殿、方丈を背後にして庭の中心に毅然として立っている点で、金閣寺と共通しております。

Rokuouin07

それにしても、ここは私たち以外の参拝客も見当たらず本当に静かです。
紅葉の時期は人でにぎわうかもしれませんが、嵯峨野のほかの紅葉の名所より静かにもみじを楽しめるかもしれませんね。

以上、鹿王院レポートでした。つづく・・・かな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

まだお参りしたことないお寺、お宮巡り その1

Myou03

先日、同僚のNさんを大原にご案内したとき、『行きそびれているお寺ってけっこうありますよね』というお話をしました。
そこで、自分もまだお参りできていないお寺の訪問をしてみようということで、今回は京都の西の方へ行くことに。

そのひとつが、妙心寺。

Myou05

もちろん妙心寺さんへは何度も足を運んで、秋春の特別拝観や夏、冬の旅で公開される塔頭には何度もお参りしておりますがいわゆる本坊と呼ばれる区域(法堂と浴室)には未だお参りしたことが無かったのです。
逆に言うと、特別公開は期間限定、法堂ならいつでもお参りできる・・・と思い、ここまで訪れなかったのかもしれません。

Myou01

五山系の大きな禅宗寺院や大徳寺なども本坊や法堂の一般公開は昔は少なく、妙心寺も私が学生時代は法堂と浴室はセットでの公開などありませんでした。
しかし、いつのまにかこれらセットでの公開が開始されていて、そのうち来てみたいと思いつつなかなか訪れることが無かったのです。

法堂には、梵鐘があります。

これは、なんと698年の鋳造ということですから、平安京はおろか、奈良の都でさえまだ出来ていないころの鐘ということになります。
白鳳時代の鐘がなぜ妙心寺に伝わっているのでしょうか。それが不思議です。
破損のおそれがあるため、撞くことはできないのですが、録音したものを聞くことができました。
これが録音のくせに意外と良く撮れていて余韻が堂内に響き渡り、思ったより良いかなと感じました。

そして次が浴室。いわゆる『明智風呂』というものです。

Myou04

京都検定公式テキストには、
『光秀の叔父である密宗禅師が光秀の追善のためにつくったお風呂』
となっているのですが、ここで疑問は、なぜ密宗和尚は秀吉の追求を逃れられたか・・・ということです。
当時は、逆賊の縁者であれば、根絶やしにするという時代ですよね。
やはり秀吉も妙心寺との対立は禅宗寺院全体との対立につながるため、好まなかったのでしょうか。
あるいは、妙心寺の経済力を恐れて、見て見ぬふりをしたか。

昨年、発掘により明らかになった烏丸御池二条殿御池城の信長愛用の『風呂』(本能寺の変で焼失)があったり、光秀を追善するためのためにつくられたのがこれまた『風呂』だったりするのですが、『風呂』というキーワードで本能寺の変が見えてくるとしたらおもしろいですね。

Myou06

さて、行ったこと無いお寺まわり、一カ所目の妙心寺レポートはこれでおしまい。
次の『まだお参りしたことないお寺、お宮巡り』は、嵯峨ののほうへ行こうっと。

Myou02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

会社の同僚と青もみじ大原へ行ってきました その2

さて、三千院を出て、もうひとつの大原ビュウポイント宝泉院へ。
ここは以前ブログにも書きましたが、元祖お茶付き拝観のできるお寺さんです。

勝林院の前を通り、宝泉院の参道へ曲がったところでここでもまた『おお!』と叫んでしまうほどの青もみじの美しさ。

Oohara13

五葉松も水を得ているせいか、しゃきっとして見えてしまいます。

Oohara15

しかし、こちらは人が多いです。修学旅行のグループが入れ替わり入ってきます。これほど人が多く訪れるお寺さんになってしまったのですね。宝泉院さんは。

Oohara14
それにしても以前は、三千院こそ有名でしたが奥にあるこちらは知る人ぞ知るお寺だったのですが・・・
お寺が有名になるのは、それなりにうれしいのですが、スペースは変えることができませんから考えものです。

Oohara16

それでも雨に濡れたお庭はこちらも三千院同様輝いており、太陽こそ照ってはいないものの十分美しさを楽しめました。

Oohara11

宝泉院って『音楽』に関連したものが多いですよね。
水琴窟やサヌカイト(讃岐でとれる石で、たたくと木琴のように和音を奏でる石)、もちろん声明もそうですし。
そして血天井、五葉松と、意外と見どころが多いのも宝泉院さんの良いところです。

さて、今回の大原はお二人ともそれなりに満足していただけたとのことでよかったよかった。雨なのに十分お寺を楽しめたとのことで、ご案内した甲斐がありました。

ついでにご案内できなかった来迎院や音無の滝も次回は是非とも行ってくださいとフォロー。そして、古知谷の阿弥陀寺も、即身仏がいらっしゃるので、是非にとお話ししたら引かれてしましましたが・・・

Oohara12

以上で、雨の青もみじ大原レポートを終わります。

ご同行いただきましたOさん、Nさんお疲れ様でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

会社の同僚と青もみじ大原へ行ってきました その1

先週の土曜日(5月28日)会社の同僚二人と上洛しました。
お二人とも、文化財を見て回ることが好きで、今回は私が京都をご案内するというかたちででの上洛です。
仏像彫刻がお好きなOさんと、かつては千社札をもってお寺を回ったというNさんのお二人。
大原にはまだ二人とも行ったことが無いとのことで、ご案内することになりました。

Oohara08 

特に、Nさんは昔つきあっていた彼女と行く約束だったはずの三千院なのですが、その彼女とは別れてしまい、行きそびれて以来、大原を訪れることの無かったとのこと。京都のお寺って、多かれ少なかれきっかけを失って行きそびれているお寺ってありますよね。

また、Oさんは浄瑠璃寺は右から三番目の阿弥陀様に惹かれると言われるほどの仏像ファン(浄瑠璃寺の阿弥陀さんの区別がつくとは尊敬に値しますよね)なのです。・・・ただ、それって一昔前なら変わった人と言われかねませんが、今はブームですからツウ一人として通ります。往生極楽院の阿弥陀様に是非ともお参りしていただきたく今回のご案内となりました。

この日はあいにくの雨。台風2号が本州に接近中とのことでしたが、午前中はそれほどの土砂降りではなく、降ったりやんだりのしっとりとした雨でした。誰が、「雨男」なのかという議論などしながら、車は八瀬を抜け、大原の里へ。

Oohara07

まずは、定番の三千院。
客殿前庭の聚碧園に出てみると、「あっ」と叫びたくなるくらい、雨に濡れた青もみじが美しいです。

Oohara06
早朝(午前9時)ということもあり、修学旅行のグループが何人か入ってきましたが、いつもの三千院よりははるかに静かで、ゆっくりお庭を楽しむことができました。

Oohara05

雨に濡れたもみじの水滴が美しく光っております。

そして、絶好の撮影ポイントのここはなんと、行事(5月30日の御懺法講)のためこんな様子。

Oohara04
お坊様もかなり謙遜した様子でした。

しかし、有静園に降りてみますと、なんと苔の美しいことでしょう。苔が水を得て輝いています。そして青もみじとのコントラストが非常に映えます。

Oohara03

これまで何度と無く三千院を訪れていますが、こんなに苔が美しい三千院は初めてです。
意外と、雨でなければこれだけ美しい苔と青もみじは見ることができませんでしたから、ここは誰かわかりませんが「雨男」に感謝ですね。

Oohara02

Oさんの感想は、建物、彫刻が一体となった往生極楽院の阿弥陀三尊はお気に入りとのことでした。特に写真でみるより現物をお参りしたほうが数段良いそうです。次回は、朝一、開門と同時に客殿を駆け抜け往生極楽院の正面で阿弥陀様をひとりじめするとのことです。

Nさんはというと、「ここ、20数年前に訪れる予定だったのだな~」とやけに感慨深げでした。

長くなりそうなので、続きは今度ね。

Oohara01

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年 GW京都レポート その7

Katura16

桂離宮と言えば、第5回京都検定1級でこんな問題が出題されました。
『桂離宮について200字以内で書きなさい・・・現存する茶屋の名前は入れること』
このときの私の回答は、
 後水之尾上皇の行幸にあわせて、松琴亭、月波楼、園林堂(おんりんどう)などの茶屋が建てられた。
・・・と書きました。

Katura15

さて、ここで園林堂は、『茶屋』か?という疑問が生じます。本来園林堂は、お茶を楽しむ茶室ではなく、持仏堂です。
しかし京都検定1級のテキストにはしっかりと『茶屋』には・・・園林堂があると書かれているのです。
私はこれを信じ、霊廟系の建築も、庭園内に配置されるときは『茶屋』と称されるのだとばかり思ってましたので試験本番でも園林堂と書きました。
ちなみに、それによって減点は無く、この問題は10点満点をいただいたのです。

そして、昨年京都検定の公式テキストが新しい版になったのを見てみると、なんと茶屋の紹介から園林堂が消えているではありませんか。

このとき初めて園林堂はやはり持仏堂であり茶屋とは称されないことを知らされたのです。
第5回1級の回答で、茶屋に園林堂を入れて回答したのも、本来は間違えなのでしょうけれど公式テキストに書かれているからという理由で減点にならなかっただけなのでしょう。

ちょとイワク付きの園林堂ですが、路地部分の意匠に趣があります。お庭の中にありながら異彩を放ち良きスパイスになっているように感じました。

Katura14

笑意軒で見つけた障子の貼り方、『石垣貼り』です。
障子の桟にあわせて貼るのではなく、互い違いに貼る貼り方で、敷瓦的には『布敷き』という貼り方になります。

Katura12
桟で切れ目をつけるのではなく、障子の桟と桟のちょうど中央がつなぎ目となるため、見栄えをよくする(つなぎ目をきれいに見せる)ためには、障子紙の切断寸法精度に

バラツキが無いように切らなければならず、張り合わせるときも慎重にやらなくてはならないため、高度な貼り方とされております。
ちなみに桟とつなぎ目が互い違いなることから、アミダくじ状になるため、アミダ張りとも呼ばれている・・・というのは間違いですから気をつけましょう。
この石垣張りですが、これまで御所内にある拾水亭、妙喜庵の茶室待庵で見ることができました。

Syusu02 拾水亭

そしてここ桂離宮なのですが、表から(建物の外から)見るとなにやらおかしいですよね。石垣張りは室内から見てナンボということがわかりました。
古書院を含め、一度中を見てみたいものです。

Katura11

以上で、2011年GW京都レポートは終了です。おつきあいいただきまして、ありがとうございました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年 GW京都レポート その6

4月30日、桂離宮の参観をしてきました。

Katura02

桂離宮、修学院離宮など、人気のある宮内庁系史跡の参観許可書をゲットするにはコツがあります。

これら、離宮、御所については、あまり知られてはいないことですが、宮内庁のホームページでネット予約ができるのです。
しくみは、4ヶ月前の一日(ついたち)午前5時より受付(例えば次回は6月1日から10月分の受付)開始となり、2~3日後に可否のメールが届くというものです。

Katura09

私はこの方法で今までに桂離宮2回、仙洞御所2回、修学院離宮1回をゲットしております。

毎月1日の午前5時から予約受付開始となりますが、人気のある土曜日(春と秋はすべて、夏と冬は第3土曜のみ)は即日埋まってしまいます。
つまり枠(1日4名)に対し1日に申し込んだ人だけで一旦申し込みを打ち切り、その中で抽選により許可者を決めるようなのです。

Katura01

これは個人的感触ですが、(早い者勝ちというわけではないのでしょうけど)午前5時受付開始直後にネット申し込みができたときのほうが参加許可をもらいやすいですね。11月分の申し込みをしようと、7月1日の早朝からパソコンに向かったことがありますが、午前五時なのに宮内庁のサイトが込んでいてつながらず、1時間近くかけて申し込んだのですが、参観許可が下りなかったことがありました。

Katura06

さて、今回の4月30日(土)付け参観許可書は、いつ申し込んだものかといいますと、元旦の午前5時なのです。
お正月、寒い中、しかも元旦の午前4時半ごろ布団から抜け出し、パソコンの前に座り、凍えながらも姑息にデータ入力した結果、4月30日の見学となったわけです。
努力の甲斐がありました。

参観を申し込んだ真冬とは打って変わってこの日は初夏の装い。すかっぱれとはいかないものの、上着さえ要らないような暖かい日となりました。

Katura08

さて、GWというえば、花はキリシマツツジであります。赤く輝くツツジは目が覚めるようです。ここで、非常に珍しい光景にお目にかかりました。というのは桜とキリシマツツジが同時に咲いている風景にめぐり合ったのです。

Katura03
本来、4月上旬の桜と5月のキリシマツツジが同時に咲くことはありません。
しかしながら今年は桜が遅かったため、4月の下旬まで見ることが出来るレベルを保ち、キリシマツツジが咲くのに間に合ったしまったとのこと。

Katura05

案内の方もこれは珍しいとおっしゃっていました。
キリシマツツジの赤、桜のピンク、木々の緑が重なって、美しい風景が広がっております。
これも、元旦早起きのおかげです。来年はおまえ起きろよ、嫁。

・・・長くなるのでこのへんで。桂離宮レポートは後半へ続きます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年 GW京都レポート その5 文責:由美子

GW花を愛でるには・・・  霧島ツツジ、藤、石楠花、ツツジかな。

さてと考え、普段入ることの出来ない場所へ花を愛でに出掛けました。
このGW中(今年は4月28日から5月1日)だけ一般公開している藤の名所、ご存知ですか。

答えは「京都市鳥羽水環境保全センター」です。

Huji05
この日は桂離宮を拝観する予定でしたので、車での移動。目的地の水環境センターには着いたけど駐車場はまだ先みたい。ぐるっと回って駐車場へ。昼前ということもあり、駐車場にはかなりの車。それでも係員さんが誘導してくれたので難無く駐車完了。さて、センター入口までは結構あるなぁ~と思っていたらシャトルバスがでていました。根性無し2人はバスに乗り込みいざセンターへ。

30日、1日はいろいろイベントも開催され、一部施設の見学も出来たようですが、そちらはパス。まず入り口でパンフレット(場内地図)をいただき藤棚を目指してGO! 
まず入ってすぐの所に「せせらぎ広場」小川がひかれ日本庭園の様相です。こちらの藤はまだ三分咲きくらい。

Huji07

もう一つ藤棚を見て、目的の約120mの藤回廊へ。

Huji03   

こちらも五分咲き~七分咲きくらい。ちょっと早いかなという感じ。

Huji06

でも公開はあと1日。満開は柵の外からの眺めになりそうです。それでも花房の数も多く、綺麗に棚が作られていて充分に満足できました。

Huji04

また、藤棚の足下には芝桜が植えられておりこちらも今が盛りと咲いていました。

Huji02

ゆっくり藤回廊を楽しみ、もう一つある藤棚を楽しんでいると、ポツリ、ポツリ通り雨が・・・(今日は降る予定じゃ無い!!)。もう少しゆっくり藤を楽しんでいたかったけど傘を持っていないし、仕方なく急ぎ足でセンター入口へ。

帰りもちょうど来たシャトルバスに乗り駐車場へ。駐車場に戻った時には雨は上がっていました。いったい誰の心掛けが悪いんだろう??

今年は初めてでわからなかったけど、一番奥の藤棚の下でお弁当も食べることが出来るみたい。ちょっと気が早いけど、来年はお弁当(コンビニおにぎりかな)を満開の藤棚の下で食べるために、もう一度訪ねてみたいと思ってます。旦那様よろしくネ。

Huji01

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年 GW京都レポート その4

4月30日、日野法界寺さんへお参りしてきました。

Houkaiji07

このお寺さん、お参りするのはかなり久しぶりとなり、思い起こせば、26年前の昭和60年(1985年)の夏以来の訪問となりました。
この昭和60年という年は、京都では古都税論争が巻き起こり、仏教界、観光業界は拝観料に対する課税問題で混乱した年なのです。

Houkaiji06
この時のお寺さんの拝観はと言えば、拝観停止のときもあたのですが、『無料拝観でお寺を開放し、志納というかたちでお賽銭を拝観料代わりとすれば税金はかけられへんやろ』とばかりに一斉に無料拝観に踏み切った時期もあったのです。そのときに無料拝観に便乗して訪れて以来ということになります。

Houkaiji05

そして、このお参りのきっかけとなったのは、先日『そうだ、京都、行こう』のイベント、『京都の「好き」を語ろう会』に出席させていただいたとき、同じテーブルに座ったMさんが、法界寺をお好きだとお聞きして、恥ずかしながらそこで法界寺さんのことを思い出した次第でして・・・

GWとは言え、早朝のお寺さんは誰一人としておらず、静かなものです。

まず、阿弥陀堂へ入り阿弥陀様に手を合わせました。
阿弥陀様は、典型的な定朝様を伝える仏様で、、大きさは丈六、印は上品上生です。阿弥陀様の正面に座り、心静かに手を合わせました。早朝の済んだ空気の中、丈六の阿弥陀さんをこれほどまでに近くでお参りできるのは法界寺ならではのことでしょうか。
阿弥陀堂の内陣には長押の部分に壁画が描かれておりました。阿弥陀さんの座像なのですが、剥落している面もありましたが比較的良く残っておりまして、阿弥陀さんであることが確認できます。これもお堂の中をゆっくり回り、見させていただきました。

Houkaiji04

外へ出て、阿弥陀堂を外からながめました。この建物は、平安末期から鎌倉にかけての創建とのことで、典型的な阿弥陀堂建築です。単層の裳腰付き建造物としてはかなり古い時代のものとなります。この建物、よく見ますと左右が非対称であることに気が付きました(と言いますか、嫁が気が付いたのですが)。それは、建物向かって右側面は、妻戸で構成されているのに対し、左側は蔀戸で構成されているのです。山に面した面が戸で、門に面したところが蔀戸(窓)というのは何故でしょうか。気になるところです。

Houkaiji02 左側 Houkaiji03 右側

それと、この阿弥陀堂は南を向いて立っていますよね。阿弥陀堂は、阿弥陀様が西方浄土にいらっしゃるのですから、基本は西を背に東向きに建てられます。これは、平等院、法勝寺、浄瑠璃寺など平安時代の主な寺院がそうですし、兵庫県の阿弥陀寺(国宝、鎌倉時代)にも共通しております。ちなみに、前日お参りした知恩寺さんの阿弥陀堂もそうでした。

Houkaiji08

ただ例外もありまして、それが愛知県西尾市の金蓮寺阿弥陀堂(平安末期~鎌倉、国宝)が何故か南向きなのです。創建時代もほぼ同じですし、この法界寺さんと金蓮寺さんとの共通点を探ることで何かわかるかもしれません。

さて、あまり難しいことは考えるのはやめて、次へ行きましょう。

でも南向き阿弥陀堂が気になるな~古建築で南向きの阿弥陀堂がほかにもあれば誰か教えてくださいね~

Houkaiji01

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«2011年 GW京都レポート その3